Jリーグの監督経験もなく、日本のサッカーをまったく知らない人を連れてくるのだから、当然、代表選考には時間がかかるだろう。おまけに選手とのコミュニケーションもとれず、戦術を一方的におしつけ、競争をあおる。選手は、「監督の指示通りに動かないと代表に選ばれない」となりピッチ内で考えることをしなくなり、個性が死んだ。ハリルホジッチ監督を招聘したリスクだけが表面化して、それが広がっていった。ハリルホジッチ監督の力不足もある。しかし、それ以上にリスクを承知で、そういう監督を選んだ側の責任は重い。

 選んだ監督によってサッカーのスタイルがコロコロと変わるサッカー協会の指針の曖昧さの影響は、育成世代にも及んでいて現場の指導者が困惑している。どういうスタイルのサッカーに適応する選手を育てればいいのか、どういうサッカーのベースを教えていけばいいのか、が見えないのだ。

 監督任せの“その場主義”では、次の世代も育ってこない。代表チームが停滞すると、日本のサッカー界全体が閉塞感に包まれることになる。いい加減、サッカー協会は、これらの“負の連鎖”に終止符を打つべきである。私たちは、日本のサッカーの将来像をこう描き、だからこそ、こういう理論、指導力、ゲームマネジメント力を持っている監督を呼びましたと、明確なビジョンの下、監督選考をしていかねばならない。

 急遽、後任監督に指名された西野氏は、選手とのコミュニケーション能力に長け、分析能力があり、論理的にサッカーを構築できる指導者である。1996年のアトランタ五輪でのブラジル戦前には、「攻撃的なサッカーをやりたい」と主張した我々と、「守備的に戦いたい」という西野監督で意見が衝突した。
 だが、ミーティングで、西野監督は、「勝ちにいく」という方針を明らかにした上で、ブラジル代表の映像を見せながら、中盤で真っ向勝負をすれば、とても勝ち目がないが、サイドからのアーリークロスに弱く、センターバックのアウダイールの連携に隙があることなどを論理的に説明した。我々も、その考えを聞いて納得し、あの「マイアミの奇跡」と呼ばれる勝利につながったわけだが、その後、ガンバ大阪の監督に就任してからも、「堅い守備」というベースから絶対的なエースを作りゲームを組み立てるというスタイルでチームを勝たせた。

 そういうアプローチで西野氏がワールドカップに臨むならば、ハリルホジッチ監督が、このまま指揮を執るよりもチームの士気は上がるだろう。おそらく時間がない中で新しいチームを一から作ることは難しく、ハリルホジッチ体制では、代表選出が微妙視されていた本田、香川、岡崎に、長谷部、長友、吉田といった経験のある人間をベースにチームを構築するのではないだろうか。

 ただ、この段階となっては、もうできることは限られてくる。監督交代に過度な期待は禁物。「マイアミの奇跡」というキャッチフレーズを持ち出してきて、今、考えねばならないことをうやむやにしてはならないと思う。

(文責・城彰二/元日本代表FW)