「健常者の人たちを見返す」ことだけに囚われていた、式町の意識を変えたもの

 アルバムタイトルでもあり、1曲目に収録された「孤独の戦士」は、式町がいじめの渦中、孤独と戦っている12歳のころに書いた曲なのだとか。

 「祖母のすすめもあって、医療刑務所に慰問演奏に行ったんですよ。最初は刑務所ってことで怖くて、遠慮したい気持ちでした。受刑者の方々って檻の中に入っているようなイメージを持っていたんですけど、僕自身も心の檻の中に閉じ込められているような気がしたんです。境遇がリンクしたんです。『孤独の戦士』は受刑者の方々に向けて作った曲ですが、僕自身のことでもあったんです」

 そんな式町の心を開かせるきっかけとなったのは、14歳の頃、師である中西氏の言葉だった。

 「その頃の僕は、健常者の人たちを見返すっていう気持ちに囚われ、自分の損得勘定しかなくて、自分が強くなることにしか執着しない、他人がどうなろうが知ったこっちゃないっていう人間に落ちていたんですよ。でも僕の心を知った中西先生は、僕の心に歩み寄ってくださったんです。『つらかったね。でも障害を持っているみっくんの本当のつらさは健常者である僕はわかってあげられないんだよ、ごめんね』って泣いてくださって。そのやさしさが心の支えになりました」

 そしてチャリティーコンサートなどを通じ、東日本大震災の被災地に赴いたことも大きな影響を与えた。

 「被災地に行って、愛する家族を失った人たちもたくさんいて。でも、そういう人たちが僕の体のことを心配してくれるんです。なんて自分は幸せなんだろう、そう思いました。自分の差別意識がいかにちっぽけな問題だったかってことがわかって。それでもなかなか完全には闘争本能が捨てられなかったんですけど、18歳のときコンサートを開いたら、小さな男の子が自分に、『式町さんみたいなヴァオリニストになりたい』って言ってくれたんです……。気づけばいろんな人が僕を支えてくれていて…もはや周りは敵ではないと思いました」

 決定的な何かがあって劇的に考え方が変わったわけではないが、純粋な歩み寄り、そして寄り添うことの積み重ねが、やがて気づきとなって、式町の意識を変えていった。

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