今後、長期間にわたり人口が減り続ける日本。連載「人口減少時代」では少子化と同時に、増え続ける高齢者を社会のどのような位置づけでとらえるか。財政規模縮小が考えられる中で、社会保障や働き手不足に対する移民受け入れに対し、どう向き合うべきかという喫緊の課題があげられました。

 歴史人口学が専門の静岡県立大学長、鬼頭宏氏に話を聞きました。

高齢者はいつまで働くべきか

[イメージ]超高齢社会の家族のあり方、社会保障が問われています(写真:アフロ)

 働き手不足、社会保障の問題もあり、高齢者にどのように働いてもらうか、政策面でも人生100年時代の模索が始まっている。

── 長寿化で、生産年齢を引き上げようという動きは、当然という気がしています。ある意味、今までとは違うライフサイクルの長い人種が出てきたというぐらいに、考えなくてはいけないのでしょう。ライフシフトという言葉が盛んに使われ、人生100年時代という言葉に象徴されるように、人の一生、個人のライフサイクルが非常に長くなったという面と、社会がどうやってそれに対応しなくてはならないのかという面の問題があります。

 寿命が延びれば、当然高齢者人口も増えるし、高齢期の長さも延びる。これら新しいことに対応するには、個人がどのように自覚して人生設計するかというところと、社会がどう取り扱うかという両面が必要になりますよね。

 ただ難しいのは、子供はハイハイからよちよち歩きになって、おしめがとれて、言葉も覚えるようになって、と、かなり法則的に一定のパターンで、一定の年齢がくれば、成長していく。能力に差はありながらも同じような道を歩んでいくけれども、高齢者はそうはいかない。体力も能力もばらばらです。経験も健康状態も違いますから、年齢で一律に区切ることは難しいだろうと思います。

 高齢者の運転免許の更新で認知症のテストを導入していますがその見極めは難しいし、時間とコストがかかる。簡単にはいかないですね。技術と制度の競争かと思いますが、自動運転技術が進めば、運転手がいなくても乗って構わない車が出てくるかもしれません。今は、個人の人間としての認知能力・知力が問われているわけですけど、それがかなり衰えても技術に応じた制度、自動運転車であれば乗ってもいい、というところまでいくかどうか。

 ただ、早く取り組んだほうがいいと思います。今は日本中どこでも、公共交通が寸断されています。高齢者は足が弱い。出来る限り、車に乗りたい。事故が起きたときに運転責任をだれかが持たないと困るでしょうから、無人運転の車に乗る新しい免許証が必要になるでしょう。オートマチック車が出来て、AT限定免許が出来たように自動運転専用の免許を早く作ってはどうかと思います。

 高齢者でも安全に運転できる、今より安定した運行ができるシステムが開発されること。制度的には高齢者、身体障害者が乗れる免許を作ること。そうすれば公共交通問題はかなりクリアになり、地方でも暮らしやすくなる気がします。