本連載は、時の研究家、織田一朗氏が、日本人がどのように時間を手に入れてきたのか、日本人と時間論を主題に執筆してきました。

 最終回は、時間の正確性に強くこだわり、毎日せっかちに行動してきた現代日本人に起きてきた心の変化について『「金持ち」から「時持ち」に意識が変化』をつづります。


長時間労働で高度成長を達成

虎ノ門オフィス街(著者撮影)

 日本は、昭和30年代の高度成長期に人類の歴史上、例を見ない急成長を成し遂げた。日本人の勤勉さと努力の成果である。戦後の復興が軌道に乗ると、労働は人々の生活を豊かにすることに向けられた。

 より多く働くことによって周囲の家よりも早く、「三種の神器」と言われた家電の洗濯機、テレビ、冷蔵庫を揃え、集合住宅を含めたマイホームを手にした。だが、日本の中流家庭はそれで満足しなかった。大衆の新たな欲望は自家用車、海外旅行など、とどまることはなかった。それによって家族団らんの時間は減り、残業時間が延び、長時間労働に拍車が掛かった。ちなみに1967年には、「立ち食いそば」が人気を集める。人々は、寸暇を惜しんで働いたのである。

 だが、これによって、日本人の長時間労働が定着し、当たり前のことになった。もともと日本人は「働くこと=良いこと」との意識があるため、多く働くことは褒められ、奨励されてきたばかりか、資源の乏しい日本では、重要な競争力になった。そのころまでの日本人にとっての時間とは、「時は金なり」「時間をいかに効率的に使って、生産力を高めるか」というものだった。

 ところが、1970~80年代には、得意とするモノづくりによる高い品質で安い価格の日本製品の輸出攻勢が、海外で貿易摩擦を起こし、「日本人は足元の生活基盤を整えることもしないで、競争力ばかりを高め、他国の市場に乗り込んでくる」と、バッシングを受けるようになる。

生活のスローダウン

神社(著者撮影)

 そのころ国は、「ゆとりある生活」を唱え始め、「余暇関連産業の振興と余暇時代における産業経済と社会生活の調和を実現することにより、経済社会と文化の発展を図り、国民福祉の向上に寄与する」ことを目的に、1972年通産省の外郭団体として余暇開発センターを設立し、日本能率協会は1975年に「時間を大切にしよう」運動を始める。

 「モーレツからビューティフルへ」と、生活のスローダウンが呼びかけられ、休みやレジャーが推奨された。週休2日制、休暇の取得が推奨され、「休むことは悪いことではない」とPRされた。有名レジャー地には大勢の人が押し掛けて大繁盛になったが、日本人のレジャーは労働再生産のための「疲労回復」「リフレッシュ」などが主で、趣味やバカンスとは程遠く、「30年前のアメリカ並み」と皮肉られた。

 以前に比べると、レジャー時間や余暇への支出は増加したものの、日本人の働き方、時間意識には大きな変化は見られなかった。人々は、物質的な豊かさを実現することで、精神的豊かさを得ようとする考え方を変えておらず、海外からのバッシングを避けるために、生活をスローダウンするという認識だったからだ。