経営破たんした不動産会社「スマートデイズ」のシェアハウス「かぼちゃの馬車」をめぐり、多額の資金をオーナーらに融資していたスルガ銀行(静岡県沼津市)のキャッチフレーズは「夢先案内人」。その融資をめぐり金融庁の立ち入り検査を受ける事態となっているが、そもそもスルガ銀行とはどのような銀行なのか。

はじまりは地域の貯蓄組合

シェアハウス問題で揺れるスルガ銀行=静岡県沼津市

 静岡県沼津市のJR沼津駅近くの繁華街に本店があるスルガ銀行は、4兆円を超す預金を有し、静岡県内では静岡銀行に次ぐ地方銀行だ。

 社史によれば、初代頭取の岡野喜太郎氏が郷里(現在の沼津市青野地区)の経済的な救済を図るべく、農業を営むかたわら1887(明治20)年に組合員12人で貯蓄組合「共同社」を設立したのがはじまりとされる。共同社は1895(明治28)年には銀行へ発展したが、当時、日本で最小の銀行であったという。

 静岡県東部に支店を相次いで開設するなどして業績を伸ばし1912 (明治45)年に行名を「株式会社駿河銀行」とし、地域の金融機関としての地歩を固めた。その後は他の金融機関を吸収合併するなどして地盤を拡大し、1920(大正9)年に川崎支店、1950(昭和25)年には横浜支店を開設、静岡県東部を中心に静岡県、神奈川県に支店網を拡充し、静岡から神奈川にいたる一帯を担う地方銀行としての地位を築いたのだ。

 東京への最初の進出は1900(明治33年)で、その目的は首都圏から預金を得て地元で運用することだった。最初の東京進出は1年で撤退しているが、1952(昭和27)年に改めて東京支店を開設し今日に至っている。組合員が貯蓄し、そのお金を地域の事業に貸し出すことで地域の経済を支え、一方で利殖を得るというささやかな事業は静岡から神奈川にいたる地方銀行へと発展し、それが今日のスルガ銀行の基盤になっていると言える。

首都圏の不動産投資になぜ融資

 今回、問題になっている女性専用のシェアハウス「かぼちゃの馬車」は、東京都内を中心に首都圏に数多く建設された共有スペースがある共同住宅だ。破たんしたスマートデイズは「30年間家賃保証」を謳い文句に不動産オーナーを募り、その際、オーナーに多額の資金を融資した金融機関としてスルガ銀行の名前があがっているわけだが、そもそも一地方銀行であるスルガ銀行が地域経済とかけ離れた首都圏の不動産投資にかかる資金調達に、地域などから吸い上げたお金を供給していたのはどうしてなのだろうか?

 すでに指摘されていることだが、スルガ銀行は会長兼最高経営責任者で創業家5代目の岡野光喜氏が40歳で頭取に就任した1985(昭和60)年以降、地方銀行としては挑戦的とも言える取り組みを重ねてきた。ITを経営に取り入れ、頭取の呼称を社長にし、ATMを搭載した移動車を走らせ、洒落たコミュニケーションスペースも都心などに開設、1990(平成2)年には名称もそれまでの駿河銀行から現在のスルガ銀行へと変更した。しかし、最大の変化は従来の地方銀行から個人を対象にしたリテールバンキングへと変貌を遂げたことだ。スルガ銀行が「夢先案内人」を掲げる理由もここにある。

 スルガ銀行の預金量における個人預金の比率は年々高まっており、昨年12月において個人預金が占める割合は79.4%と預金の8割を占めるに至っている。一方で貸出金については個人ローンの比率が年々高まっており、昨年12月において貸出金に占める個人ローンの割合は90.5%に達し、さらに個人ローンのうち約7割は住宅ローンが占めている状況だ。つまり個人のお金を集めて個人に貸す、しかもその多くを住宅ローンとして貸し出している銀行だということができる。

 会長兼最高経営責任者の岡野光喜氏はリテールバンキングの道を歩み出した契機として1986年の前川リポートをあげ、「自立する社会を見据え、リテールバンキングを通じてお客さまに寄り添い、夢の実現をサポートさせていただく」とリテールバンキングへと舵を切った理由を同行のサイトに掲載している。