社長業の大きな役割の一つは、従業員や取引先に気持ちよく働いてもらうことだ。「自分がやってもらいたいこと」を望み、伝えるだけでは、人は動いてくれない。人に気持ちよく働いてもらうには、「まずは自分が相手の喜ぶことをすること」が重要だ。

仙拓の社員はみな気持ちよく働いてくれる。彼女もそうだ。そんな社員の働きぶりを見ていると筆者も嬉しくなる。

 しつこいようだが、筆者は寝たきりである。自分で食事を摂ることもトイレに行くことも、ましてや、自分の体にかゆいところがあっても掻くことさえできない。そんな全介助の重度身体障がい者だ。

 よく「人間は自分一人の力だけでは生きていけない」という言葉があるが、筆者はその意味を誰よりも痛感してきた側の人間だ。だからこそ「手伝ってもらうなら、相手が喜んで手伝う環境を生み出そう」という発想を大事にしている。

 筆者は男兄弟の末っ子として育った。兄たちは少年時代、学校から出される「作文」の宿題が嫌いだった。嫌いというより、筆者が自分で身の回りのことが全くできないのと同じで、兄たちにとってはいくら頑張っても作文ができなかった。

 だから筆者は、兄たちの代わりに「作文」を手伝ってあげることが多かった。つまりそれは、ふだん日常介助をしてもらう分、筆者は自分のできることで返す、というわけだ。

 この発想は、ビジネスの世界でも役立っている。例えば、筆者はメディアに出る機会が多いが、かつて一度もメディアの方に「自社のサービスや商品をPRしてほしい」というお願いをしたことはない。

 なぜなら、メディアは筆者の会社を儲けさせようとしているわけではなく、筆者を通して“社会に何かしらメッセージ”を発信したいのだ。だから筆者は、メディアに「誰に」「何を」伝えたいのかを聞いてから取材を受ける。

 そのほうがメディアも喜ぶし、そして喜べば喜ぶほど本気の取材をしてくれる。そうすれば、こちらがお願いしなくても仙拓という会社のサービスについて深いところまで知る努力をしてくれるし、結果的に会社の宣伝になる。

 たまに筆者の周りでも、こんな残念な営業マンがいる。「売上をとにかく上げたい」「早く自社のサービスを契約してもらいたい」

 お気づきだと思うが、どちらも自分(会社)の勝手な都合だ。起業当時の筆者もそうだったが、相手の思いを理解しようとせず、強引に売り込みを図るのはナンセンスだ。結果もみえている。

 筆者は営業時の交渉において、最も大事なことは「相手の身になる」ことだと考えている。無茶なことを言っていると思われるかもしれないが、人間には目に見えない相手の心を理解するメカニズムが備わっている。「もし自分がこう言ったら、相手はこう思い、このように感じるだろう」という、人間だけに与えられた想像力・共感力である。

 ポイントは、想像上でどれほど「相手の心を完コピ(完全コピー)」できるかだ。それは浅い想像力では到底不可能だ。とにかく深く、とにかく相手の立場になり切って、相手を取り巻いている環境や、相手の事情、相手が気にしている競業の様子、今の体調・精神状態などを想定する。

 「次は相手は『うちは予算もないし○○だから』と言うだろうが、『こちらがこういう提案をすると相手が必ず喜ぶ』」という、脳内シミュレーションをする。それが「相手の心を完コピ」する、ということだ。

 つまり相手の心を読むには、相手に関する情報を集め、それを構築し、相手はどのように考えるだろうかと計算する。

 そうすれば、相手の喜ぶことはわかってくる。喜んでもらえれば、気持ち良く仕事をしてもらえる。