撮影:高橋邦典

 昨年半ばに思うことあって、報道写真の世界から退くことになった。5年近くに渡って続けさせていただいたこの写真エッセイも、今回が最後。25年のキャリアの中、様々な国に足を運び、多くの人々と出会ってきた。最終回は、特に印象に残る経験をいくつか紹介したい。

フォト・ジャーナル - 高橋邦典 第1回

撮影:高橋邦典

 ベトナム戦争で活躍したカメラマン・沢田教一さんに憧れて報道写真家になった僕だから、ベトナムには特別な思い入れがある。

 初めてベトナムを訪れたのは、2009年、枯葉剤による犠牲者の撮影のためだった。枯葉剤はベトナム戦争時に、米軍によって飛行機から大量に散布された強力な除草剤だ。北ベトナムのゲリラが隠れ場所としていたジャングルを枯死させることが目的だったが、人間への影響も大きく、3世代後の今でも奇形を含む健康障害で苦しむ人々が少なくない。

 中部の町を回っているとき、撮影の合間に古都ユエを訪れる機会があった。ベトナム戦争時の大激戦地のひとつであり、沢田さんも多くの作品を残した場所だ。伝記の中に、彼のこんな言葉がある。

 「ベトナムへ来て3年、戦場にはずいぶん出かけたが、こんどのユエの攻防は、かつてないすさまじいものだった」

 戦いの舞台となったユエの王宮も、現在はすっかり化粧直しをされ、美しい観光地になっている。木陰に腰を下ろし、訪れる観光客の姿を眺めていると、平和なこの場所で激しい戦闘が起こっていたとは想像しがたい。しかし、注意して見ると城壁にはまだいくつもの弾痕が残っていた。

 「40年前、沢田さんもここにいたのか……」

 弾痕を前にしばし思いを巡らせていると、感慨が湧きおこってきた。

 その後ベトナムには観光も含めて何度か足を運ぶ機会があったが、僕の最も好きな国の一つになった。歴史があり、文化伝統が多く残る。田舎部には緑あふれた田園風景が広がり、中部海岸沿いには美しいビーチ。何よりも、どこにいっても食事が美味しい。ハノイやホーチミン・シティーの圧倒的なバイク渋滞はさすがに閉口ものだが、それもまたこの国のキャラクターだと許す気になってしまう。

 僕にとってベトナムは憧れの国。それは僕の沢田さんへの憧れと、重なっているのかも知れない。

 ※この記事は「フォトジャーナル<カメラマン人生25年を振り返って>- 高橋邦典 最終回」の一部を抜粋したものです。