山下亀三郎、『沈みつ浮きつ』山下亀三郎著 四季社版より

 山下汽船(現:商船三井)、山下財閥の創業者として知られる山下 亀三郎は、勝田銀次郎、内田信也と並ぶ三大船成金の一人です。愛媛(伊予)宇和島地主の息子だった山下は、船舶にあこがれ、石油商から「船舶王」への大躍進を遂げます。よくある「成金」とはどう違っていたのでしょうか? 市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。 

【連載】投資家の美学

船舶成金ではなく、「船舶王」の名がふさわしい理由

 ノンフィクション作家の佐野真一が『石原慎太郎』の冒頭で山下亀三郎を登場させるのは、石原の父、潔が山下汽船に属し、山下の信奉者だったからだ。山下が「船舶王」と呼ばれるまでに出世したきっかけを佐野はこうみている。

 「戦争と政府高官、軍人、大実業家に対する間断ない接待攻勢にあった。亀三郎の端倪(たんげい)すべからざるところは、こうして得た利益を酒色三昧に蕩尽してすっからかんになった多くの船舶成金たちと違い、その金をしっかりと事業に再投資したことである」

タナボタ式成金とは違う、30年来の表面に見えない準備

 財界人の人物評論集として知られる福沢桃介著『財界人物我観』の中で亀三郎の風貌についてこう述べている。

 「山下はどちらかと言うと、小男の方で、体重は13貫前後、眼は乃木将軍に似て小さいけれども、愛嬌がある。しかし、先代新喜楽の女將から『黒御前』の尊称を奉られただけあって、色はあくまで黒く、折角の目鼻立ちも、色黒に打ち消されて、美男子のうちに入らないのは、山下のためにはなはだ遺憾に思う」

 山下亀三郎のふるさと愛媛県吉田町を訪ねたのは15年ほど前のことだ。生家、別荘、山下燈台、喜佐方墜道(山下トンネル)、奥南航路(山下運河)、山下女学校(県立吉田高校)などゆかりの地を駆け巡った。

 第1次世界大戦勃発で船価が暴騰し、山下が巨利を博したとき、

 「成金だ、成金だって、世間では私のもうけたのを道端で馬の糞でも拾ってもうけたようにはやし立てるが、本当に心外です。なるほどもうけていないわけではないが、それには30年来の表面に見えぬ準備があったのでタナボタ式とは違います」と山下はうっぷんをぶちまけている。

 山下はいつも粗末な麦わら帽をかぶっていた。その内側には「上等」と手書きしてある。山下は「ナーニね、皆が成金のくせに汚い帽子だって言うから先手を打って『上等』と皮肉ったわけでさァ」と言って呵々大笑した。これは『吉田町誌」に出てくるエピソードである。