日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第11回

馬の乳を搾る男性。モンゴル馬は乳の量が少なく、1日6回ぐらい搾乳する=シリンゴル盟・バロンウジュムチン・ホショー(2012年8月撮影)

 遊牧民の彼らはウヘル(牛)、モリ(馬)、テメィ(ラクダ)、ホェニ(羊)とイマーガ(ヤギ)の5種類の家畜と共に生きる。これらをモンゴルでは「タボン・ホショー・マル」と言う。日本語に訳すと「5種の家畜」という意味だ。

 遊牧民に一番愛され、尊敬されてきた家畜は、いうまでもなく馬だ。遊牧社会における社会的、文化的に果たしてきた役割という意味でも、馬は重要な位置にある。

 特に、モンゴル民族の歴史を考える上では欠かせない存在だ。馬は遊牧社会を代表する移動手段だった。遊牧民が馬を慣らし、家畜化したことによって、他の家畜の放牧も可能となり、そのことで初めて、遊牧民の生活様式が成り立つことになった。

 遊牧民にとって馬は自分の体の一部であり、馬の背中で育ち、馬の背中で死んでいくことを理想だと考えている。だからこそ、自分たちは騎馬民族であって、「馬背上の民族」などと呼んでいる。

 しかし、馬から得られる現金収入となると、馬の売買だけだ。一部の地域では、馬の乳を搾って馬乳酒を作って販売し、収入を得ているが、それ以外は経済的な利益をもたらすことはほとんどない。車やバイクが普及し、馬は移動手段としての役割もほぼ終えた。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第11回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図

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アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。