日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第11回

モンゴル馬は、今では半野生となった。群れを奪い合い、種馬であるアジルガ同士が猛烈な喧嘩をすることもよくある=シリンゴル盟・シローンフフ・ホショー(2014年5月)

 遊牧民の彼らはウヘル(牛)、モリ(馬)、テメィ(ラクダ)、ホェニ(羊)とイマーガ(ヤギ)の5種類の家畜と共に生きる。これらをモンゴルでは「タボン・ホショー・マル」と言う。日本語に訳すと「5種の家畜」という意味だ。

 遊牧文化で、馬の存在はとても重要だ。有名な物語『スーホの白い馬』のように、モンゴルの民話や英雄叙事詩などでは、賢い馬が主人を助けたり、夢の中に出てきて、予言したりする場面が必ず描かれる。13世紀から現在まで、馬に対する歌が数え切れないほど歌われてきた。

 内モンゴルのオルドス地方にあるチンギス・ハーン霊廟で、700年以上続くチンギス・ハーンの祭祀では、チンギス・ハーンの2頭の駿馬が祀られている。伝統祭祀におけるその役割の重要性を象徴しているかのようだ。

 遊牧民は、家畜に対して勝手に鞭打ちをしたり、蹴ったり、罵ったりすることを、暗黙のうちに忌み嫌ってきた。馬に対しては特別にそうで、馬の頭を鞭で打つことは絶対に許されなかった。そうした場合は、その人の運が悪くなると信じられている。

夏になると男たちが自慢の駿馬に乗り、ナーダムを楽しむ=シリンゴル盟・バロンウジュムチン・ホショー(2012年8月撮影)

 モンゴルではよく、他者を「へー・モリテー・ヤバレー」と祝福する。

 「へー・モリ」とはもともとチベット仏教の風馬旗のことで、5色の絹に馬を描き、それをオボーやお寺、ゲルなどに飾っておく。前述のように、だれかが家畜に乱暴をした場合に、その人の「へー・モリ」が「ヘブトノ」と表現する。「ヘブトノ」とは寝ること、あるいは横になることを表す動詞だが、このように言い表した場合は、その人の運気が悪くなることを意味している。

 逆にオボーなどに登って祈ることによって、「へー・モリ」が「セルグノ」と表現する。「セルグノ」とは目覚める、あるいは元気になることを意味し、つまり運気が良くなり、生き生きすることを表す。

 遊牧民にとって馬は、単なる家畜を超えた存在で、彼らの精神世界を支えているのだ。さらに、遊牧民の音楽や彫刻、美術や文学においても、とても重要な役割を果たしてきた。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第11回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図

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アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。