日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第11回

馬、牛と羊群れが一つの草原にのんびりと草を食(は)み、水を飲む。この風景はなかなか見られなくなってしまった=シリンゴル盟・ジューグンウジュムチン・ホショー(2011年7月撮影)

 遊牧民の彼らはウヘル(牛)、モリ(馬)、テメィ(ラクダ)、ホェニ(羊)とイマーガ(ヤギ)の5種類の家畜と共に生きる。これらをモンゴルでは「タボン・ホショー・マル」と言う。日本語に訳すと「5種の家畜」という意味だ。

 内モンゴルの遊牧社会は崩壊したと言っても過言ではない状況だ。四季に合わせた移動はなくなり、定住化が進んだだけではなく、「5種の家畜」を揃えて育てる遊牧民も珍しくなってしまった。

 牧草地の減少で、経済利益が少ないラクダや馬は消えてゆく。昔のように「5種の家畜」が一カ所の草原でのんびりと草を食(は)む光景は、珍しい風景になりつつある。

 中国政府からは特に、毎春新しい草が出るまで、家畜を囲いから絶対に出してはいけないという厳しい禁牧政策が出された。しかし、新しい草が生えるまでの長い期間を乗り越えられるだけの草やエサを蓄えることができたり、購入できる家庭は別にして、遊牧民たちのほとんどは、なんとか冬を乗り越えても、それ以上の草やエサを準備する経済力を持っていない。

 こうした中国政府の禁牧政策で、牛や羊のどちらか1種の家畜を主として飼育する家庭が増えてきた。そして、結局、飢えて痩せてしまった家畜を安く手放すようなことすら、多く見られるようになった。禁牧は彼らの経済をさらに圧迫しているのだ。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第11回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図

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アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。