乾の同点ゴールがセネガルとの激闘の始まりだった(写真・ロイター/アフロ)

 元日本代表のFW柿谷曜一朗を筆頭に、ワールドカップ・ロシア大会に出場中のMF山口蛍、ハリルジャパンにも招集されたMF清武弘嗣と、ヨーロッパへ移籍したクラブOBを復帰させてきたセレッソ大阪の玉田稔代表取締役社長から、こんな言葉を聞いたことがある。

「ウチから出ていった選手のなかでは、乾が一番早く戻ってくるのかな、と思っていたんですけどね」

 横浜F・マリノスから2008年6月に期限付き移籍で加入し、翌2009シーズンからは完全移籍に切り替えたMF乾貴士はセレッソで合計3年間プレー。2011年8月にはブンデスリーガ2部のボーフムへ移籍し、活躍の場を海外へ移した。

 ボーフムでのパフォーマンスが認められ、1年後の2012年6月にはアイントラハト・フランクフルトの一員となる。しかし、ブンデスリーガ1部でプレーした3年間は、乾をして「ストレスを感じながらプレーしていた」と言わしめる日々だった。

「人に何か言われてプレーするときって、楽しくないと思うんですよ。自分から何かをやっていかなきゃいけないし、そのなかで自分のプレーを出せたときが一番楽しいので」

 こう振り返ったことがある2013-14シーズンは無得点。翌2014-15シーズンも、わずか1ゴールに終わっている。玉田社長をはじめとするセレッソの関係者に、乾の復帰を考えたほうがいいのではないか、と思わせたのはおそらくこの時期だったはずだ。

 しかし、乾は自分の意思でサッカー人生の風向きを変えた。2015-16シーズンのブンデスリーガで1試合だけ出場した直後の8月下旬に、ラ・リーガ1部のSDエイバルへ電撃的に移籍。実は乾にとってスペインは、サッカーを始めた小学生時代から憧憬の思いを抱き続けた国だった。

「本当に憧れていた通りだったというか、ドイツと違って上手い選手が大勢いるし、ものすごく楽しくプレーできている。何の不満もないし、ここで長くサッカーができたら、自分のサッカー人生のなかで最高の宝物になると思っています」

 自らが強く希望して実現させた移籍を、乾は至福の喜びに浸りながら表現したことがある。周囲を山々に囲まれた人口わずか2万7000人のスペイン北部の小さな町で、日本食のレストランが一軒もないエイバルでの日々を乾は心の底から満喫していた。