大阪の公立進学校、寝屋川高校が再び激戦区大阪で旋風を起こすか(写真・寝屋川高校野球部提供)

記念すべき100回目を迎える夏の全国高校野球選手大会の出場権をかけた地方大会が全国でスタートしている。大阪は記念大会として南と北の2つに分かれ7日に開幕した。2校に出場機会があるものの変わらず激戦区なのが北大阪大会だ。夏、春、夏全国制覇の偉業を目指す大阪桐蔭、履正社など全国レベルの力がある強豪がひしめき合っている。その中で異彩を放つのが、公立進学高の寝屋川高。今春は、大阪桐蔭にあわや勝利の好試合をやってのけた。なぜ寝屋川高は強くなったのか。そこには限られた環境の中での“偏差値野球”とも言える秘密と工夫、努力があった。上・下の2回に分けて、その秘密をレポートする。
 

 あの日のことは忘れない。
 5月12日。大阪シティ信用金庫スタジアム。甲子園春夏制覇の高校野球界の“巨人”大阪桐蔭を大阪の公立の進学校、寝屋川高が、あとアウトひとつまで追い詰めたのだ。
 9回二死二塁でスコアは4対3。高校野球界を揺るがす大番狂わせ寸前だった。だが、大阪桐蔭のクリーンナップは、おいそれと金星を与えてはくれない。3番の中川卓也(3年)のセカンド正面へのライナーがハーフバウンドとなり、キャプテンの一貫田裕貴(3年)がトンネル。土壇場で同点にされると流れがガラっと変わった。さらに二死一塁と続くピンチに、ここまで踏ん張ってきたエースの藤原涼太(3年)が力尽きた。落差の甘くなったフォークを今オフのドラフト1位候補の“二刀流”根尾昂(3年)は見逃さなかった。逆方向へ快音を残した打球は、レフトフェンスを直撃するサヨナラツーベースとなった。苦い青春の蹉跌――である。

 白いワイシャツの一番上のボタンまでとめて取材場所となった寝屋川高の古い会議室にあらわれた、その一貫田と、エース藤原の2人が、今、あの試合を振り返る。
「まだ悔しい。あの時、勝っていたら、どうなっていたかなって」
 藤原が、明るくそう言うと、一貫田が「せやなあ」と言葉を重ねた。
 21世紀枠での甲子園を狙っていた昨秋の近畿地区大会・大阪府予選の3回戦で、今宮高に最終回に逆転されて5-6で負けた。11月には下飼手杯という地域のローカル大会で四条畷高に3-5で敗れて予選リーグ敗退となった。以来、チームのスローガンの「和~達成~」に「野球の最後は心の勝負」(藤原)と「不動心」という言葉をプラスしていた。
 大阪桐蔭戦のエラーは、その不動心を失っていたの? そう聞くと一貫田はクビを振った。
「緊張はなかったんです。不動心だったんです」
 エラーの直後、ショートの人見と、マウンド上で一度は膝をついた藤原から「こういうときこそ不動心」という声が飛んだ。そのとき一貫田は「不動心は徹底できている」と思ったという。
「なのに…なんでやろ…実力っす」
 その日の夜。藤原がラインしてきた。
 「切り替えて。夏やで」