[写真]2011年6月2日、イラン革命を主導したホメイニ師死去から22年で演説するイランのアフマディネジャド大統領(ロイター/アフロ)

 「イランはシリアから出ていく必要がある」とイスラエルのネタニヤフ首相は7月11日、ロシアのプーチン大統領との会談で述べたと伝えられています。イスラエルとイランは、シリアの地で敵対関係にあります。5月にはイスラエルがシリア領内にあるイランの軍事施設を70発以上のミサイルなどで攻撃しました。

 パレスチナ問題などをめぐり、イスラム諸国はイスラエルと長く対立してきました。しかし、その中でもイランはいまやイスラエルの最大の敵です。なぜイランは、隣り合わせでもないのに、他のイスラム諸国と比べても激しくイスラエルと敵対するのでしょうか。(国際政治学者・六辻彰二)

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イスラエルの友人として

 イランは一貫してイスラエルと敵対してきたわけではありません。ある時期まではむしろイランはイスラエルにとって「イスラム世界における数少ない友人」でした。

 ユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人)の間の土地問題に端を発したパレスチナ問題は、イスラム諸国の反イスラエル感情の根底にあります。イスラエルが建国を宣言した1948年、周辺のイスラム諸国はこれに反対して攻撃を開始。第一次中東戦争が発生しました。

 しかし、イスラエルが独立するや、イランはトルコに続いてイスラム圏で二番目にイスラエルとの国交を樹立。第一次中東戦争には加わりませんでした。

 もともと、イランのペルシャ人はアラブ人とライバル関係にあります。オリエントを統一した古代ペルシャ帝国の時代から高度な文明を誇ってきたイラン人には、遊牧民のアラブ人を見下す傾向があります。しかし、7世紀にアラビア半島で生まれたイスラム教が波及して以来、イランはイスラム世界で常にアラブの風下に立たされてきました。そのため、イランにはアラブへの反感が根強くあり、一致した行動をとることは稀です。

 これに加えて、当時のパフラヴィー朝イラン(1925~1979年)は近代的な国家建設を重視し、パレスチナ問題というイスラム世界に共通の課題には、必ずしも熱心ではありませんでした。その上、1953年のクーデターによって、独裁的な支配を強めた国王(シャー)のもとで、イランは共産主義のソ連の脅威に備える「防波堤」として、イスラエルの後ろ盾であるアメリカの支援を受け、軍事、経済の両面で西欧的な近代化を進めていました。

 このような背景のもと、イランはアラブ諸国と異なり、イスラエルに石油を輸出するなど、良好な関係を築いていたのです。また、1973年の第四次中東戦争をきっかけに発生した石油危機の最中に、アラブ諸国がイスラエルを支援する国への石油輸出の停止を発表した際も、イランはこれに同調しませんでした。