イニエスターがJデビューもチームは惨敗した(写真・YUTAKA/アフロスポーツ)

 取り付く島がなかった。ノエビアスタジアム神戸のVIP出入り口に横付けされていた、黒いワゴンタクシーが発車する準備を始めてから数秒後。ヴィッセル神戸の運営会社、楽天ヴィッセル神戸株式会社の三木谷浩史代表取締役会長(53)が扉の向こう側のロビーに姿を現した。

 厳しい表情は怒気を含んでいるようにも映った。待ち構えたメディアの問いかけにいっさい答えずに車中へ乗り込むと、慌ただしくスタジアムを後にしていく。ヴィッセルにとって節目となる一戦で湘南ベルマーレに喫した、0‐3の完敗に対して抱いた感情が伝わってくる一挙手一投足だった。

 ホームにベルマーレを迎えた22日の明治安田生命J1リーグ第17節。この一戦から出場が可能になる元スペイン代表のスーパースター、MFアンドレス・イニエスタ(34)のデビューを目に焼きつけようと、午後6時のキックオフへ向けて続々とファンやサポーターがスタンドを埋めていく。

 指定席はすでに完売。急きょ用意された数百枚の当日券もどんどん売れていくなかで、ベルマーレ関係者が「Jリーグの注目度を上げていただいてありがとうございました」と、年俸32億円を投じてイニエスタ獲得を主導した三木谷会長へ感謝の思いを告げた。同会長はこんな言葉を返したという。

「いやいや、注目されるだけではダメなんですけどね」

 図らずも危惧していた通りの展開となってしまった。18日に来日したばかりで、全体練習に実質1度参加しただけのイニエスタと話し合いの場をもったヴィッセルの吉田孝行監督(41)は「コンディション的には30分くらいが限界かな、と感じていた」とベンチスタートを決めた経緯を振り返る。

 しかし、開始10分にショートコーナーで揺さぶられた末にベルマーレの大卒ルーキー、23歳のDF坂圭祐に完璧なヘディング弾を決められる。後半開始直後にはショートカウンターを許し、U-19日本代表に名前を連ねる19歳、MF齊藤未月にプロ初ゴールを献上してしまった。

 迎えた後半14分。つい2ヵ月前までFCバルセロナの一員としてプレーし、スペイン代表としてワールドカップ・ロシア大会を戦った姿も記憶に新しい稀代のプレーメイカーが投入される。期待と興奮が交錯した大歓声が、初めてボールに触れた3分後には耳をつんざくようなそれに豹変する。

それでも、一度相手に傾いた流れは変えられない。再びショートカウンターから3点目を失った後半22分に、連勝が3で途切れることが事実上決まった。試合後に特別に設けられた記者会見の席で、バルセロナ時代はリードされた状況で途中出場する経験も、ましてや完敗を喫した経験も少ないはずのイニエスタは静かに第一声を切り出した。

「僕個人としてはデビューできたこと、観客の皆さんに温かく迎え入れられたことに対して、すごく喜ばしい日でした。ただ、僕は負けることが好きではないので、その意味では非常に残念です」

 イニエスタの投入とともに、ヴィッセルはシステムをそれまでの[4‐4‐2]から、藤田直之(31)をアンカーに置く「4‐3‐3」にスイッチした。イニエスタが任されたのは、スペイン代表と同じ左インサイドハーフ。前線へ通じる選択肢がより多い状況で、攻撃のタクトを振るった。