なぜ関脇・御嶽海は初Vできたのか?(資料写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 大相撲名古屋場所で関脇・御嶽海(25、出羽海部屋)が初優勝を飾った。
「いや~…この15日間(正確には14日目)ですごい緊張してたんですけど、周りの応援とかを聞いて…『優勝しなきゃ』という感じになって…(中略)…目標だった勝ち越し、2桁白星に加え優勝できたので何も言うことはありません」。
 NHKの中継インタビューで両目を押さえながら、そう必死に答えた。普段は感動や緊張を明かさず、強がり、素っ気なさが目立つ男だけに喜びの程はそれこそ“半端なかった”のだろう。

 横綱・白鵬、稀勢の里や、新大関・栃ノ心らと違い、相撲ファン以外には世間的な知名度が低い。しこ名の「御嶽海」は「みたけうみ」と読む。

 故郷の長野県にある御嶽山から「御嶽」を、出羽海部屋から「海」をもらった形だが、長野に海はない。「それなら自分が長野の海に」と言うあたりに、故郷への強い思いがうかがえる。

本名は大道久司。1992年のクリスマスに長野県上松町で生まれた。父は春男さん(69)、母はフィリピン出身のマルガリータさん(48)というハーフ。相撲を始めたきっかけは、小学校1年の時、町の相撲大会で自分より体が小さな子に負けたことだった。
 「運動神経に自信があった」といい、悔しさに背中を押され、春男さんとの約束で四股400回が日課になった。キャリアはアマチュア時代から順風満帆だと言える。長野・木曽青峰高から東洋大に進み、2015年2月に出羽海部屋に入門した。
 大学4年時に学生横綱、アマチュア横綱の2大タイトルを獲得したことにより、関取(給料がもらえ、一人前扱いとなる十両以上)の手前「幕下10枚目格付け出し」として、同年春場所で初土俵を踏んだ。

 入門に至る過程は少し変わっている。東洋大時代に圧倒的な実績を残しながら、当初は角界入りするつもりはなかった。現代っ子らしく安定した将来を望んでか、1度は、アマチュア界の強豪だった和歌山県庁に就職が内定。公務員の道を歩もうとした。ところが、逸材を角界が放っておかない。連日、角界関係者から勧誘の電話がひっきりなしとなり、プロ入りに心が傾き、最終的に内定を辞退し、出羽海部屋への入門を決意したのは、初土俵の約3カ月前のことだった。