竹取物語のロマンを現代に伝える女性として「かぐや姫クイーン」に選ばれた蛭川芽生さん(右)と「かぐや姫」に選ばれた稲穂かおりさん(左)=2018年7月22日

 今は昔、竹取の翁という者有りけり……。日本最古の物語とされる竹取物語は、竹取の翁夫婦に育てられたかぐや姫が月に昇天する物語として知られる。しかし、富士山南麓では、かぐや姫が月ではなく富士山に還っていく物語として語り継がれている。かぐや姫は富士山の女神だったのだろうか?

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うっそうとした竹林が生い茂る富士市比奈の竹採公園

 7月22日、静岡県富士市で恒例の夏祭り「富士まつり」が開催された。そのイベントの中で行われているのが「かぐや姫コンテスト」だ。

 第33代となる「かぐや姫クイーン」に輝いたのは22歳の蛭川芽生(ひるかわめい)さん。「かぐや姫」には20歳の稲穂かおりさんが決定した。選ばれた2人は1年間、観光キャンペーンや公的イベントの場で「かぐや姫」として富士市をPRする。

 「富士市の観光PR大使が『かぐや姫』なのは、富士山南麓で『赫夜姫(かぐやひめ)』の物語が語り継がれてきたからなんです」と富士市富士山観光課の中村敏久課長。

 「赫」の字には、輝くという意味があるという。一般に知られる竹取物語は、かぐや姫が月に昇天するが、富士山南麓の物語では、かぐや姫は月ではなく富士山に還ってほら穴に入る結末になっている。

 かぐや姫の正体は富士山の神様だというのだ。富士市の比奈(ひな)地区には竹採公園なる公園があり、公園の中には石に「竹採姫」と刻まれた竹採塚がある。竹採塚はいつ、だれが建てたのか不明だということだが、かぐや姫が生まれ育った場所だとされている。

 「富士山南麓で言い伝えとして語られてきたかぐや姫の物語ですが、寺院が所蔵していた1万点にもおよぶ古文書史料が市に寄贈されたことから、今後、本格的な歴史調査が進められるものと期待されています」と富士市文化振興課の井上卓哉主査は話す。

竹採公園内にある「竹採塚」=富士市比奈

 現在の富士市の大部分はかつて富士郡下方と呼ばれていて、下方にある5つの神社を「下方五社(しもかたごしゃ)」と呼んでいたそうだ。下方五社の神社は祭神としてかぐや姫を祀ったり、竹取の翁や竹取の媼(おうな)を祀っているとされる神社があったり、かぐや姫が誕生した場所と伝えられている神社もあり、かぐや姫の物語と関わりがある神社とみられている。

 下方五社は戦国時代から明治初年まで約350年間は、富士市内にかつてあった密教寺院・東泉院の管理・運営のもとにあったという。

 東泉院は幕府から領地(朱印地)を認められて、事実上の領主として地域を支配したことから、富士山南麓地域の歴史の解明につながる貴重な古文書を数多く所蔵している。

 そうした歴史史料の中には、かぐや姫の物語に関するものや富士山の由来や伝説に関するものもあるとみられてきた。しかし、東泉院では所蔵物を代々の住職が管理し、広く世の中に出ることはなかった。ところが2006(平成18)年になって、東泉院の古文書が富士市に一括して寄贈されたため、以降、富士市では東泉院の古文書の基礎的な調査を行ってきた。

 そして昨年度、ようやく基礎調査が終了し、東泉院の1万点にもおよぶ古文書の目録が完成したという。今後は、それら目録をもとに研究者による歴史研究が進むことで、かぐや姫の物語と富士山、そしてかぐや姫と富士山信仰とのかかわりが解明されるかもしれない。

 富士山南麓に伝わる「かぐや姫」は、地域の物語として親しまれ、観光PR大使の名称にもなってきたが、物語の歴史的な意義の解明はまさにこれから始まろうとしているのだ。