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 法律用語、裁判用語など自分には縁がないと思う人も多いでしょう。でも、覚えておくと得をする言葉もあります。その例として真っ先に挙げたいのが「挙証責任」です。

 読んで字のごとく、証拠を挙げる責任という意味です。裁判には原告と被告、訴える側と訴えられる側がありますが、どちらが挙証責任を負うのでしょうか? 正解は原告、つまり訴える側です。たとえば、わたしが友人に「借金を返せ」と要求する場合、わたしの方が借金の存在を証明する責任があります(借用証を示すとか)。友人には借金の存在を証明する責任はないのです。

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断りたいのに、断れないのはなぜ?

 これは裁判に限らず人間関係の基本になっています。誰かに何かを要求(あるいはお願い)する場合、要求・お願いする側が、相手を納得させる根拠を示さないといけません。なぜならば、人は基本的に自由であるから。お互いに自分の時間や自分のお金は自分の好きなように使っていいのだから、人の時間やお金を「こんなふうに使いなさい(使ってください)」と要求・お願いする側が相手を納得させなければいけません。要求・お願いされた側は、自分が納得しないなら、相手の要求やお願いを却下していいのです。繰り返しますが、自分の時間、自分のお金なのだから、納得しないのに人に指図されるいわれはないのです。

 そして直感的に分かると思いますが、挙証責任を負う側が不利になります。だけど人は時として、みすみす挙証責任を引き受けて、自分を不利な立場に置いてしまいます。そして、したくもなかったことをする羽目になるのです。

 たとえば友人から「市民マラソンに一緒に出場しないか」と誘われたとします。気が乗らなければ「行きたくない」とか「無理」と答えればそれで済むのですが、「なぜ?」と問い返されて、相手が納得しそうな理由を述べ始めると挙証責任のわなに落ちることがあります。

 「だって、40キロも走る体力はないよ」

 「だったら、10キロコースとか5キロコースもあるよ」

 「5キロも走り続けられない」

 「疲れたら途中で歩いてもいいんだよ」

 この辺からだんだん旗色が悪くなってきます。

 「でも、熱射病が心配」

 「こまめに給水ポイントで水分補給して、休憩すればいいよ。そもそも早朝マラソンだから日差しも強くないし」

 結局、自分は納得していなくても、いつの間にか、走りたくもないマラソンに参加するはめになってしまう。そして、断り切れなかった自分のふがいなさを感じてしまうのです。

 マラソンくらいなら、さほどの実害はないかもしれませんが、セールストークに負けてしまい、高額の商品やサービスなど、欲しくもないものをつい買わされることもあります。余計なことを言わずただ「要らない」とだけ言って断るのが最善の策なのですが、なんとなく理由をきちんと説明し、セールスマンを納得させなければと思った時点で、相手の思うつぼです。

 「我が家に金目の物なんかないから、防犯セキュリティシステムなんか要らないよ」

 「命という一番大切なものがあるでしょう」

 「命を狙われるようなことはしていないよ」

 「人というのは、思いも寄らぬところで恨みを買ってることもあるんですよ。油断大敵です」

 「でも、ちゃんと戸締まりしているから」

 「マンションのドアのロックなんて、プロなら1分で開けますよ」

 みたいな話になって、契約書にハンコを押してしまう。

 なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか? 相手を納得させようとしたからです。相手を納得させようとした瞬間、立場が入れ替わるのです。ほんとうは、自分が納得しなければ簡単に断れるはずだったのに、いつの間にか、相手が納得しないと断れない雰囲気になってしまう。手慣れたセールスマンはこの辺の事情をよく分かっていて、巧みにこういう状況を誘導します。