「日本語の歌なのに、なぜ英語が混ざっているのだろう?」……J-POPなどを聴いて一度は疑問に思ったことのある人も少なくないのではないだろうか。先日、アメリカ在住の友人(主婦)がジャニーズの若手グループ、キンプリことKing & Princeのデビュー曲で今年春クールのドラマ「花のち晴れ~花男 Next Season~」(TBS系)の主題歌になった「シンデレラガール」にハマって、SNSでその話題にふれていた。同じアメリカ在住のママ友たちからおおむね好意的なコメントがつくなか、「曲は好きだけどこの子たち、『Girl』って言えてないんだよね。それが残念」との意見が出た。そこから話題はキンプリから離れ、J-POP全体の話題へと拡がった。

 「なぜ急に途中から英語になる曲が多いんだろう。すごく不自然」「日本語で全部歌ったほうが統一性がとれていいのでは」といった議論が展開された。果たして、なぜ日本語の歌なのに英語が混ざっているのか?

70年代に巻き起こった日本語ロック論争とは?

 筆者は2年ほど前、“日本語ロック”の先駆者といわれる伝説的バンド、はっぴいえんどの元ギタリストである鈴木茂を取材した。はっぴいえんどは、作詞家として知られる松本隆、細野晴臣、故・大瀧詠一さん、そして鈴木という顔ぶれで、1969年から72年まで活動、松本の詞は“日本語ロック”と呼ばれた世界観を構築したとされる。

 そんなはっぴいえんどが活躍した時代、70年代初めに“日本語ロック論争”と呼ばれる議論があったという。ロックは日本語で歌うべきか、英語で歌うべきか。音楽雑誌などで意見交換がされたのだとか。実際にそれが議論と呼べるものだったかどうかについては異論があり、英語で歌っていた“英語派”ミュージシャンが日本語で歌うミュージシャンにクレームをつけただけ、という見方もあるようだ。ただ、日本語はロックのメロディーに乗りにくいし、海外で成功するにも英語は不可欠である、といったような考え方から英語で歌うミュージシャンと、はっぴいえんどをはじめとする日本語で歌うミュージシャンが混在していたのは確かだ。

 それについて当時の生き証人ともいえる鈴木に話を聞くと、「すでに高田渡さんや遠藤賢司さんら日本語で曲を作るフォーク歌手がおり、僕らが日本語を選んだのは自然な流れだった。日本語はロックに合わないと主張した人たちもいたけど、お互い切磋琢磨してやっていたよ」と、懐かしそうに振り返っていた。