イメージ写真:アフロ

 夏、水着の季節ということで懐かしく思い出されるのが芸能人の水泳大会。有名無名、多数の芸能人がプールに集結して健康美やお色気を発散する様子は、夏のテレビの風物詩でもあった。しかし、2000年代以降はすっかり鳴りを潜めてしまった。なぜ人気を誇った芸能人水泳大会は消えてしまったのだろうか。

最盛期は1970年代 人気タレント男女が勢ぞろい圧巻の夏の絵巻

 その手の番組は、1960年代終盤には存在していたといわれるが、隆盛を極めたのは70年代だろう。芸能界を代表する男女の人気タレントが一堂に介した様は圧巻で、フォーリーブスや西城秀樹などに女性ファンの黄色い声援が乱れ飛んだ。競泳、綱引き、騎馬戦等々、彼らのさわやかなパフォーマンスは肉体美や運動神経の良さをアピールでき、タレントとしてのイメージアップにもつながった。女性タレントも華やかな水着姿を披露し、競技中にはワイプの画面で歌も聴かせてくれた。仕込みのタレントを使った“ポロリ”も定番化したが、番組全般を通して健康美が強調されていた。中でもフジテレビの水泳大会の存在感は抜群で、下火になっても復活を試みて、冬にも寒中大会を開催するなど気を吐いた。

 「大磯ロングビーチのプールが会場として有名ですが、収録は朝から行われるのでタレントは前夜に現地入りしていましたね。当時は予算を大きく割けたし、プロダクションとの力関係も局がリードしていたので、スケジュールも抑えやすく、多少無理めな企画ものませやすかった。何しろ数字(視聴率)がついてきましたから。前夜には打ち上げもありましたよ」と、振り返るのは地上波放送局の元プロデューサーの60代男性。

芸能人水泳大会は、なぜ下火になったのか?

 そんな番組が、なぜ下火になったのか。男性タレントが消え、出場者が女性タレントのみになったのが水泳大会という企画自体の転機を象徴していると指摘するのは、スポーツ紙の50代男性デスクだ。

 「音楽の流行と同じで、ダウントレンドの背景には趣味や価値観の多様化があります。70年代まではテレビを中心にした“お茶の間”が多くの家庭に存在し、水泳大会も夏休みの一家団欒にフィットしたんです。80年代に入ると、テレビも一家に一台から一人に一台という時代になりました。それに合わせ水泳大会も、あるニーズに特化するようになった。それが女性タレントのお色気、セクシーさだったんです。お茶の間で観るものではなく、息子がこっそり勉強部屋で楽しむものになっていったんですよ」

 たしかに80年代後半から90年代にかけての水泳大会の常連には、井上晴美やシェイプUPガールズといったセクシーさとガチの運動神経の良さをあわせ持つタレントや、岡本夏生らバラエティー力のあるタレント、そしてキャンペーンガール、レースクイーンらが主流になった。女性歌手はアーティスト化し、水泳大会とは無縁な存在になった。そう考えると芸能人水泳大会は、芸能界と時代の変化を象徴する存在だったとも言えそうだ。

 一方、投稿雑誌の影響を指摘するのはアイドル雑誌の50代男性編集者だ。

 「80年代に入り馬場賢治さんの著書『アクション・カメラ術』が大ヒットし、そこから投稿雑誌ブームにつながっていきました。『セクシーアクション』『投稿写真』『スーパー写真塾』など、いまでは考えられませんが盗撮をウリにした雑誌が群雄割拠したんです。水泳大会の写真や画面撮り写真も載っていたんですよ。水泳大会もキワモノ的になって、プロダクションはタレントを出場させるのを敬遠するようになりました」

 お色気路線に特化して行くなかで、その部分だけが必要以上に尖ってしまったということか。前出の地上波放送局元プロデューサーの60代男性は、しみじみ話す。

 「いまは番組のコンプライアンスも厳しいでしょうし、それなりのタレントだけを集めた単発の企画ならともかく、かつてのような規模で水泳大会が行われることはまずないでしょうね。もしやるとして、誰が出ます? 出るタレントもいませんし観る視聴者もいません、テレビ局の予算もありません。おまけにネット時代になって日常のエロスはそこら中にあふれていますし、芸能人はますます多様化しファンも分散していますから」

 ちょっと寂しいような気もしないではないが、昭和から平成にかけての思い出の番組として捉えるしかないようだ。

(取材・文:志和浩司)