日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第13回

突然降り出した季節外れの雪の中、子供を学校に送る親。学校前はほとんど車が通れなくなり、毎日警察官が出動し、交通整理にあたっている=シリンゴル盟・シリンホト市(2015年4月撮影)

 今まで、12回にわたって内モンゴルの遊牧文化や遊牧民の日常生活や環境問題などを紹介してきた。そのほとんどはシリンゴル盟に拠点を置きながら撮影してきた。風景も美しく、その名は全国に知られている。そして、その政治的、経済的中心地にあるのがシリンホト市だ。

 シリンホト市では80年代から経済発展に伴い、都市建設が始まった。特に2000年以降は、車の普及がその建設をはるかに超えるスピードで追い越した。そのため、駐車場の問題、渋滞、そして、交通安全などで多くの問題が発生している。

 私の自宅のすぐ裏には大通りがあり、小学校がある。毎日、親は子供たちを車で送り迎えするので、朝、昼、夕方になるとこの大通りはひどい渋滞になる。そして、マナーが悪いために互いに譲り合わず、逆走する人もいる。最近は警察官が出動し、毎日、各学校の前で交通整理を行うようになってしまった。

 私が学生の時は車が少なく、毎日、親友と待ち合わせして、徒歩で30分かけて学校に通っていた。あの時代は確かに社会は安全だった。今は子供の誘拐事件や人身売買も珍しくないので、交通事故だけではなく、子供の安全も社会問題として捉えるようになってきた。(つづく)

※この記事は「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第13回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。