J!での出場機会を求めて横浜Fマリノスへの移籍を決めた久保建英の選択は正解なのか?(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 今シーズンの最年少Jリーガー、高校2年生のMF久保建英(17)がFC東京から横浜F・マリノスへ期限付き移籍した。Jリーグの夏場の移籍市場が閉まる前日の16日に、電撃的に決まった。

 16日にはさっそく新天地マリノスの練習に合流。FC東京と同じ「15番」を背負うことも決まった久保は、古巣の公式HPを通じて、突然の移籍に至った経緯をファンやサポーターへ説明している。

「優勝争いをするチームに少しでも貢献するため、日々の練習に取り組んできました。ただ、自分がもっと成長するためには新たなチャレンジが必要だと考え、今回の決断をしました。このような機会を与えていただいたクラブには感謝しています」

 久保は10歳だった2011年8月に、FCバルセロナの下部組織の入団テストに合格。プレーの場をスペインへ移して将来を嘱望されたが、バルセロナが犯した18歳未満の外国人選手獲得及び登録違反の煽りを食らう形で公式戦の出場停止処分が続いたことで、2015年3月に帰国を選択した。

 スペインへ渡る前は川崎フロンターレのアカデミーに所属していたが、帰国後にはU-23チームをJ3に参戦させる育成計画を描いていたFC東京のU-15むさしに加入。翌2016年には中学3年生ながらFC東京U-18に昇格し、同年11月には2種登録選手としてJ3の舞台にも立った。

 都内の全日制高校に進学した直後の昨年5月には、YBCルヴァンカップのグループステージでトップチームでもデビュー。U-20及びU-17の両ワールドカップを戦い終えた直後の同11月にトップチーム昇格を果たし、16歳にして最初の目標であるプロになった。

 迎えた今シーズン。開幕前のキャンプや遠征、原則午前中に行われるトップチームの練習にフル参加するために通信制の高校へ転校するなど、学業も両立できる状況を整えた久保を待っていたのは、J1のピッチに立ち、結果を残していくうえでそびえる高く険しいハードルだった。

 若手や出場機会の少ない中堅で臨んだ、YBCルヴァンカップではグループステージの全6試合に出場。3月14日のアルビレックス新潟戦では、途中出場から6分後にトップチームにおける初ゴールをゲット。大会最年少記録を塗り替える一撃で、FC東京を勝利に導いた。

 しかし、J1ではすべて途中出場でわずか4試合、合計58分間しかプレーしていない。しかも、最後にプレーしたのは4月14日。5月に入るとベンチ入りする18人のメンバーからも外れ、昨シーズンと同様にU-23チームが参戦しているJ3が主戦場となった。