レスリング、アメフト、ボクシング……。名門とされてきたスポーツ団体の幹部や指導者をめぐる不祥事が次々露呈しています。建築家で文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋さんは、いずれも肉体的コンタクトが激しい競技である共通点に注目しています。今回表面化した選手との軋轢について、現代日本社会におけるスポーツと武士道という視点から論じます。

切れた「武」の絆

大阪市内で記者会見に応じたときの日本ボクシング連盟・山根明会長(当時)=2018年8月7日

 日本レスリング協会における栄和人前強化本部長のパワハラ、日大アメフト部における内田正人前監督の悪質タックル指示、日本ボクシング連盟における山根明前会長の異様なワンマンぶり。アマチュアスポーツ団体の責任ある立場にいる人間の不祥事、端的にいえば「公的組織の私物化」が露呈している。

 レスリングは、古代ギリシャ以来の格闘技のレジェンドといっていい。格闘をスポーツ化したという点において、ボクシングも、フェンシングも、柔道もかなわない、歴史的な普遍性をもつ。

 アメフトは、パスもキックもランもあり、防御された肉体を相手にぶつけるのは戦車と戦車が激突するような印象。少しずつ陣地を前に進めていく、いわば戦争を模擬化したスポーツである。将棋の駒のように選手の役割が分担され、攻撃チームと防御チームが分かれているのもアメリカらしい。

 ボクシングは、リングという檻の中で顔面を殴り合うのであるから、もっとも戦闘的な印象だ。プロの試合は賭博の対象となって、マフィアのボスが八百長を強いるのが映画の題材になる。山根氏のキャラはその雰囲気を漂わせていた。

 いずれも肉体的なコンタクトの激しい競技で、強い闘争心が要求され、なまじっかの理論や優しさの通用しない「武」の世界である。指導者と競技者のあいだには、強い精神的な絆が要求されるが、今回はその絆が完全に切れたかたちだ。

 そこに、日本社会における武的集団精神の今日的問題が現れているように思える。誰がいい誰が悪いということより、スポーツと武士道の文化論として考えてみたい。