激闘王の八重樫(右)が逆転TKO勝利で引退か、世界かの究極選択マッチを制した(写真・山口裕朗)

プロボクシングの元3階級王者、八重樫東(35、大橋)と元WBOアジアパンパシフィック・スーパーフライ級王者の向井寛史(32、六島)のスーパーフライ級ノンタイトル10回戦が17日、後楽園ホールで行われ、大激闘の末、八重樫が7回2分55秒、TKOで勝利した。大橋秀行会長がタオル投入を考えたほどの劣勢からの逆転勝利。日本人初の4階級制覇に向けて、大橋会長は、この試合のダメージがないことを条件にGOサインを出した。一方の向井は試合後、引退を示唆した。またOPBF東洋太平洋フェザー級王者の清水聡(大橋)も、同級10位の河村真吾(堺東ミツキ)に4回TKO勝利した。

 
 

 試合前、大橋会長から八重樫にラインが入った。
「悔いなく出し切ろう」
 キャリア14年目で、こんなことは過去に一度としてなかった。
「そこまで鈍感じゃないんで。ピーンときた。覚悟しました。負けたら、僕が言う前に会長が引退です、と言うだろうと」
 負ければ引退――。八重樫は、そのラインに込められた意図を察知した。

 一方、向井側の青コーナーの後方には、南京都高ボクシング部の同級生、WBA世界ミドル級王者の村田諒太(帝拳)がいた。村田の後援会が30枚分のチケットを買って応援にかけつけていたのだ。村田は5月20日に向井の結婚披露宴に出席。「これで負けたらおまえも進退を考えなあかんな」と引退勧告を送っていた。高校時代は、村田が主将で向井が副主将。練習欠席を巡っての誤解もあり、しばらく口も聞かない時期もあったが、その関係も修復され、向井の運命の一戦に村田はやってきた。
「入場のときから(村田の)声が聞こえてました」
 向井もまた覚悟を胸にリングへ向かった。
 勝てば世界へ。負ければ引退。究極の選択マッチである。

 第1ラウンド。八重樫の動きが固い。サウスポー向井の距離だ。右のリード、左ストレートが冴えた。だが、第2ラウンドに入ると、八重樫が強引にその距離を潰しに前に出て来た。5年前に、同じくサウスポーの五十嵐俊幸のWBC世界フライ級王座に挑戦した際に徹底した韓流ファイトである。名世界王者、張正九(韓国)がイラリオ・サパタ(パナマ)からWBC世界ライトフライ級王座を再戦で奪い取った試合の映像を何度も見て五十嵐戦に臨んだ。真っ直ぐに懐に入ろうとすると被弾のリスクがあるため、左へ動こうとする相手に対して左のフックをひっかけるようにして相手の動きをロック、自分の頭を相手の懐へ押し込むインファイト戦法。 今回も、サウスポー相手のスパーリングで、その韓流ファイトを思い起こして反復してきた。 
 ぐっちゃぐっちゃのインファイトになると、もう八重樫ペースである。

 だが、向井は左ボディに活路を見出す。脇腹へのレバーブローではなく正面からみぞおちを狙うストマックブロー。八重樫の前進が止まった。一進一退の攻防が続いていた激戦の流れは、第6ラウンド、向井に傾きかけた。八重樫が入ってくるところに打ち込む向井の右左のストレートが顔面をとらえはじめた。
「タオルを入れることも考えた」とは、試合後の大橋会長の回想。八重樫は、防戦一方の棒立ちになり、両目の上が赤く腫れてきた。向井は、ラッシュを仕掛ける。残り時間を把握する余裕もなく、一気にたたみかけようとした。そのときだった。八重樫の右が大逆転のカウンターとなって火を噴く。もろに食らった向井の足に電気が走った。元々打たれ強い方ではない。その足元がもつれた。

「あの右は見えなかった。まとめようと、ピッチをあげたところだった。足にきた。ピンチをチャンスに変えられるのが、3階級を制覇した王者だとも思った」

 一方の八重樫もここが勝負だと踏んだ。
「メンタルが弱っていると感じた。やべえなというラウンドだったが、いいパンチが当たったので、次は取り返そうと、しっかりと打ちに行った。こっちも苦しいが勝負をかけようと」

 7ラウンドに入り八重樫が再び右の一発を狙いすますと、向井は、ふらふらと後ずさりした。八重樫が追い詰める。最後はロープを背負わせて猛ラッシュ。リングサイドからは、村田が大声でハッパをかけたが、同級生にその声は届かない。腰を折り、目もうつろな向井は、立ったままだったが、レフェリーが反撃の意思がなくなったことを確認すると間に入りTKOを宣告した。八重樫は両手を掲げて雄たけびを上げ、レフェリーに抱えられるようにキャンバスに崩れた向井は、仰向けになったまましばらくリングを動けなかった。1774人で埋まった後楽園は総立ちになっていた。