日本では長くアナウンサーが、そして近年ではタレントが“キャスター”を務めることが多いニュース番組。こうした流れには批判的な見方もありますが、古くから「アンカーマン」の地位が確立されてきたアメリカのテレビ・ジャーナリズムの歴史と現状はどうか。アメリカ政治とメディア事情に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に解説してもらいました。

【写真】変貌するアメリカの政治報道 保守・リベラル両極への「分極化」進む

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 「ニュースを伝えたり、解説したり、コメントしたりする役割を芸能人が務めることには違和感を禁じ得ません」という池上彰氏の発言が話題になったが、アメリカの事情はどうだろう。確かに日米で報道番組でのキャスター(アンカー)の位置づけや役割は伝統的に異なっている。しかし、そのアメリカの状況も大きく変わりつつある。

 アメリカにおけるアンカーの役割の変化をみてみたい。

重かったかつてのアンカーの言葉

[写真]長年CBSのイブニングニュースのアンカーを務め「アメリカの良心」とまで呼ばれウォルター・クロンカイト氏(ロイター/アフロ)

 1982年創刊の「USAトゥディ」を除けば、アメリカの一般向けの新聞は「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」含めて基本的にはその地域の新聞であるため、アメリカでは地上波テレビの報道が重要であり、しかも夕方の3大ネットワークのイブニングニュースは最も重要な情報源としての地位を少なくとも1990年代初めくらいまで、長年維持してきた。イブニングニュースは時差もある国なので同じネット局でも地域によって複数版があり、開始時間も差はあるが、だいたい午後6時台から7時台ごろに放映されるのが一般的である。80年代ごろからは放映時間は30分で固定している。「イブニングニュースさえみておけば世界がわかる」といった感覚を持っていたアメリカ国民も少なくなかった。

 それもあって、NBCもABCもCBSもイブニングニュースのアンカー(キャスター)のそのものがその局の「顔」であり、国民的存在だった。

 日本の場合、報道番組でのキャスターはアナウンサーが務めることが多いが、アメリカの場合、記者がキャスター(アメリカでは「アンカー」という)を担当するのが伝統である。

 また、自分の取材に基づいたレポートだけでなく、複数の人に話を振り、的確に話をまとめる能力、さらには番組全体のディレクターやプロデューサー的な役割もアンカーとなる記者に望まれている。

 アンカーという仕事の代名詞ともいえる「CBSイブニングニュース」のウォルター・クロンカイトの場合、1962年から1982年まで約19年間アンカーを務めた。「アメリカでもっとも信頼される人物」という代名詞もある。クロンカイトは報道特別番組も担当し、ケネディ大統領暗殺(1963年11月22日)を伝えるニュース映像は、今でも頻繁にドキュメンタリーなどで引用されている。

 アンカーの発言も非常に重みがあった。クロンカイトは普段は穏やかな口調で私見を交えずに報じたが、ベトナム戦争の分岐点とされている北ベトナム軍による大攻勢となった「テト攻勢」(1968年1月30日)直後のベトナムを自ら取材した際の特別番組では「戦争は膠着状態になるのは明白」「さらなる介入は大失敗になる」などとベトナム戦争を進めるジョンソン政権を痛烈に批判した。その直後、ジョンソン大統領は「クロンカイトの支持を失ったことは、大多数の国民を失ったようなものだ(“If I've lost Cronkite, I've lost Middle America.”」)と発言したとされている。

 地上波の3大ネットワークのイブニングニュースの場合、上述のようにおり、ディレクターやプロデューサーとしての役割も少なくなく、個々のニュースの順番や時間枠もアンカーの意見が日本以上に反映されるといわれている。このジョンソン政権批判の番組もクロンカイト自らが作り上げたものだった。

 ベトナム戦争でアメリカ兵の死者が増え続けていることも世論に大きな影響を与えるため、クロンカイト発言そのものの世論への影響は計測するのが難しい。クロンカイトの番組を見た層を取り出したような分析は、筆者の知る限り当時は行われていなかった。

 しかし、少なくとも世論調査では、「テト攻勢」直後はちょうど「ベトナム戦争は失敗」とみる割合が「軍の指導者を信頼」という割合を上回り、逆転した分岐点となっている。