全米に挑む錦織に隔年の法則(写真・ロイター/アフロ)

 錦織圭の全米オープンの戦績には、“隔年の法則”とでも呼びたくなる規則性がある。本戦に初出場した2008年以降の、錦織の全米での記録は以下の通り。

2008年 ベスト16
2009年 右肘のケガのため欠場
2010年 3回戦(予選からの出場)
2011年 初戦敗退
2012年 3回戦
2013年 初戦敗退
2014年 準優勝
2015年 初戦敗退
2016年 ベスト4
2017年 右手首のケガのため欠場

 活躍した年と、初戦敗退もしくはケガでの欠場が、交互にやってくるのだ。

 ケガによる欠場が活躍の翌年に重なったのは、多分に偶発的なものだろう。だがそれでも、これだけ隔年で活躍しているのには何かしらの必然性があり、その理由を推察することはできる。

 13歳からアメリカで育ち、北米のコートや風土にも馴染んだ彼にとって、全米オープンは最も得意なグランドスラム。ゆえに自身への期待も大きく、その思いが重圧になることもあるだろう。特に全米オープンは、シーズン最後の4大大会のため、年間ランキングなどの目標の成否がこの大会に掛かってくる。ゆえに一層のプレッシャーを覚える状況が、この大会では生まれやすい。

 そのようなケースとして思い出されるのが、2013年大会。この年の全米をランキング12位で迎えた錦織には、大会の結果如何ではトップ10入りの可能性があった。世界中のメディアからトップ10への挑戦を問われ続けた錦織が、平常心で大会に挑めなかったのは想像に難くない。

 2015年の全米も、前年の準優勝者として、かつてない注視にさらされながら戦うことを余儀なくされた大会。周囲を取り巻く空気の変化が、彼の中の歯車を狂わせた末の、初戦敗退だった。

 対して偶数年は、守るべきランキングポイントもないために、プレッシャーの少ない中でプレーできたことが、好結果につながったのだろう。例えば2008年は、予選からの出場予定だったところを、直前に本戦に繰り上がった僥倖を生かしてのベスト16。2014年は、直前まで出場を迷ったなかで達した、決勝の大舞台だった。

 この、隔年の規則性に当てはめるなら、今年は上位進出が期待できる年。守るべきランキングポイントはないなかで迎える大会に、錦織は「一試合ずつ戦い、行けるところまで」との姿勢で挑む。

 28日(日本時間29日)の初戦で当たる23歳のマクシミリアン・マーテラー(ドイツ)は、今月にキャリア最高の45位に達したばかりの成長株ではあるが、「まだ粗さもある」というのが錦織評。

「ビッグサーバーでレフティ。ビッグショットも持っている」と警戒心を深めつつも、今季クレーで活躍した上り調子の若手を破ることで、自らも勢いとストロークのリズムを得たいところだ。