楽天GMに就任した石井一久氏。抜擢は革命的人事か、ミス人事か?(写真・アフロ)

元ヤクルト、ドジャースなどで活躍した石井一久氏(44)の楽天のGM就任会見が27日、楽天生命パーク内で行われた。石井氏は9月1日よりGMとしての活動をスタートする。当初は、石井氏に次期監督としてのオファーをしていたようだが、結局、GM就任の形で落ち着いた模様だ。
 石井氏は1991年のドラフト1位で東京学館浦安高からヤクルトに入団、2度の最多奪三振、最優秀防御率などのタイトルを獲得、1997年9月2日の横浜戦ではノーヒットノーランも記録するなど活躍し、2002年よりドジャースへ移籍。メッツとの2球団で4年間プレーして2006年からヤクルトに復帰、2008年にはFAで西武に移籍し2013年に現役を引退するまで日米通算で182勝137敗1Sの成績を残した。

 引退後は、吉本興業の社員として契約して評論、芸能活動を行っており、GMどころか、フロント経験、指導者の経験はゼロ。
「中長期でチームを強くできる人材」「メジャー経験があり知識が豊富」「コミュニケーション能力が高い」が、GM抜擢理由で、故・星野仙一氏と仲が良かったなどという理由まで付け加えられていたが、要は、三木谷オーナーの個人的な親交からの人選。楽天らしいと言えば楽天らしい思い切った人事だ。

 これまで楽天は、チーム強化に関しては星野仙一氏の人脈と経験に頼ってきた。岸孝之のFA獲得などは、その象徴だった。2015年7月に田代富雄打撃コーチが2軍への配置転換を拒否して途中退団、その年、大久保博元監督も退任する事態となり、三木谷オーナーが打順や選手起用などについて現場介入していたことが明るみに出て大きなバッシングを受けた。三木谷オーナーは、それらの“逆風”を封じるために、星野氏を副会長に就任させ、星野氏を盾に、一歩後ろに引いて後方支援することを決めた。

 そういう流れの中で、近鉄、日ハムで優勝経験のある実務派の梨田昌孝氏を監督に持ってきて、2年目には大躍進を果たしたが、星野氏が亡くなり、今季チームの借金が重なると、フロントの補強ミスの責任はそっちのけで、あっさりと辞任に追い込まれた。この前後から、故・星野氏が構築していた旧来型のチーム強化から脱却したいというチームの方向性が見え隠れしていた。

 楽天にはデータを駆使する戦略室があり、これまでの経験則に頼る日本型の野球からは一線を画したメジャー流のチーム戦略に挑戦している。梨田監督は、その手法に理解を示してはいたが、球団としては、より急進的にデータ野球へ舵を切りたいという考えがあり、その方針に沿う石井氏に白羽の矢を立てたようだ。