札幌ドームで7日に開催予定だった日本代表―チリ代表の国際親善試合が中止となった。6日午前3時8分頃に発生した北海道胆振(いぶり)地方中東部を震源とするM6.7の地震の影響を考慮しての措置だ。

  震源地に近い札幌では停電が続くなど、ライフラインが切断され、大きな被害が広がっているが、札幌入りし「札幌パークホテル」に宿泊して日本代表との親善試合に備えていたチリ代表も、その地震の被害に巻き込まれた。今回のチリ選手団の団長となっているANFP副会長、アンドレス・ファジオ氏が、日本での様子について「アス紙(チリ版)」に語った。

 「我々は、電力も水もなく孤立した状況にある。落ち着いているが、時間が経つにつれて状況は複雑になっている。飲料水は正午まであった。我々は完全に暗闇の中で、エネルギーがいつ戻るのかという情報を待っている。大きな問題は、いつ空港が再開されるかわからないこと。島(日本)を出る可能性は複雑だ」

 さらにファジオ氏は、同紙の取材に悲痛なコメントを続けた。
「問題の1つは情報の欠如だ。我々には情報がほとんどない。ただ空港が閉鎖されていることは知っている。エネルギー問題が(空港が)いつ開かれるかを決定するものなのだろう」

 ファジオ氏は、電源のバックアップシステムがないことを強調した。チリ代表は、このまま韓国に移動して11日の火曜日に韓国代表との親善試合が予定されているが、「24時間以内に問題を解決することはできない」と、今後の見通しがたたないことを明らかにした。

 バルセロナでプレー、チームの中心選手であるアルトゥーロ・ビダルも、地元メディアに対して「強い揺れがあった。それは初めての体験だった。私はチリで地震にあったことがないので何がおきたかわからなかった。全員無事でよかった。ただ試合が中止になったのは残念」と語り、停電の中、ボードゲームなどで、時間を潰していた様子を伝えた。

 「アス紙」の記者として札幌へ派遣されているクリスティアン・アルコス記者は、地震の体験記を掲載している。地震が、おきたのは午前3時頃。「チリは地震の多い国であり、私たちは、それに慣れている。数分おきに余震が続いて、我々は震源地の近くにいるのだと思った」という。

 記者団は、チームと同じ「5つ星」の札幌パークホテルに泊まっていたが、地震発生後、選手団も記者団も全員が暗闇の中、ホテルスタッフの懐中電灯で誘導され、宿泊階の8階から階段でロビーに避難した。

 「ロビーに着いて選手たちは安堵していた。ANFPの指導者、ヒューゴ・ムニョスとアンドレス・ファジオが平静を呼びかけたのも良かった。緊急事態が、まもなく穏やかになるだろうという確信があった。しかし、地震が、落ち着いて普通になるのは、そんなに簡単なことではなかった」
 
 停電は時間が経過しても回復せず、エレベータは停止、インターネットや電話もつながらず、「代表団に明らかな不快感をもたらした」という。

 飲料水もなく、食料を求めて外に出たが、周辺では、信号も消え、ほとんどの店が閉まっていた。小さな店で開いているところもあったが、一般市民が殺到していた。「食料の蓄えが少なすぎた」と感じた。

 この記者は、停電が回復しなかったのは、2011年の東日本大震災以来、日本で原子力発電が止まっていることが理由と分析。

 「札幌の街を歩きながら、電気不足、水、ライト、インターネットおよび店が閉まっていることに嫌気を起こしていたが、我々は、この都市の住民の中に、唯一、穏やかなものを見た。日本人は、数時間でも数日でも、じっと待っているのだ。札幌での試合はなかった。チリ代表にとって幸せな思い出ではない。しかし、この街に滞在し、これらの経験を得たことで、しばしばサッカーの試合よりも重要なことが学べるのだと思った」と記事を結んでいる。