「1万円札が、千円札を呼ぶんだよ」

 ある時、ギリヤークが踊っていて、あれ?と思うと1万円札があった。

 「誰だろうって見ると、近藤さんなの。そうすると周りの人もね、1万円札あると、10円ってわけにいかないの」「呼ぶんだよ」「触発されて1,000円札になったり、2,000円になったり。やっぱり近藤さんプロだなって」「後で返してくれって言おうと思ったんだよ」。冗談めかして近藤さんが笑うと、ギリヤークの口元も緩む。2人の思い出話は、あうんの呼吸で続く。

思い出話に花が咲く (c)紀あさ

 近藤さんは生きるために踊る姿勢を貫くギリヤークを認め、拍手よりも投げ銭がありがたいのだと、行動で示したのだ。

ギリヤーク魂が吠える

 舞台公演先から、ギリヤークの大道芸へと衣装のままで駆け付けたこともある。「近藤さんが、雨に濡れながら駆け付けてくれて」「だってギリヤークさん、雨に濡れながら踊ってるんだもん」

 近藤さんは直感的にギリヤークの本質を見抜いている。「雨とか雪とか味方につけちゃうの。ギリヤーク魂が吠える」

街頭ものが文化を作る

 とはいえ、やはり路上の芸。一度も自分の大道芸をみてくれなかった母。ギリヤークの心には、その傷跡がずっと残る。街頭で踊らなければ、近藤さんとも出会わなかった。街頭で踊ってきて良かった。その思いはあるけれど。

数珠は近藤さんの母からギリヤークに贈られたもの (c)紀あさ

 「だってね、河原乞食って呼ばれた時代なんだから。本当にきついんだ、街頭なんて。下は石や河原だったりするし、雨は降るし、風は吹くし。」近藤さんが、はばからず言う。

 「けれども、やっぱり街道(かいどう)ものは文化を作ってきている。俳人もそう。芭蕉や一茶も、旅から旅へと。居を定めずに旅ばかり。だからそういう意味では、もう今やそれを継げるほどのパワーは日本にはない。“道で見せる芸”はこれからもある。だけど“道で踊る芸”はもうないね」

 ギリヤークは関わっていないが、東京都では2002年から指定場所での大道芸を許可するライセンス制度ができ、昨年は284組が応募、31組が合格した。近年では大道芸人は憧れの職業のようになった。

 大道芸人があまたいるこの時代に「最後の大道芸人」と称されることがあるギリヤーク。彼を「特異な存在」と断言する近藤さんは、彼が背負うものを、はっきりと見つめているかのようだった。

 その上で、近藤さんは尼ヶ崎勝見に「あなたお母さんには、たくさん良くしてあげたじゃない。俺見てるし」と優しさを手渡すのだった。