「今年3月で放送25年を迎えました。けど、やってる本人は『気が付いたら25年か~』という感覚。長い感じはしないんですよ」と語るのは、ラジオ関西(神戸市)のアニメファン向けラジオ番組「青春ラジメニア」(毎週土曜日・午後7時~同10時放送)のパーソナリティで「ひねくれ岩ちゃん」の愛称で知られる岩崎和夫アナウンサー(61)。アニメソング(アニソン)をフルコーラスで必ず流し、リクエストは基本「はがき」で受け付け。通称「ラジメニアン」と呼ばれるリスナーから届くはがきの枚数は毎週約800枚を数えるが、その1枚いちまいを並べては目を通しかける曲を決めているという。そんな岩崎アナの生き方、そしてスピーカーの向こうにあるラジメニアの裏側を聞いてみた。

【動画】「ひねくれ岩ちゃん」こと岩崎和夫アナを直撃 ── 「青春ラジメニア」への思いを語る

中学の理科教師からラジオアナウンサーに

[写真]青春ラジメニアについて語る岩崎和夫アナ=神戸市中央区のラジオ関西で

 1953年東京都板橋区生まれで育ったのは同北区。小学生の時に、母親の実家のある奈良県へ。大学の教育学部卒業後、奈良県御所市の中学校で理科の教師となった。だが「アナウンサーになりたい」という夢もあった。「理科の教師をしてましたが、ちょっと限界を感じることがあって。そんな時、もし転職するんならアナウンサーになりたいと思って。そんな時、アナウンス学校の新聞広告を見たんです。週1回受けに行ってました」

 授業は土曜日の夜。平日仕事をしながら、夢を叶えるため毎週大阪まで通った。教師2年目の時に「ラジオ関西アナウンサー臨時募集」の広告を見て飛びついた。

 「25歳の時でした。普通アナウンサーは新卒採用なんですが、当時、局が大阪からのパ・リーグ中継対応のため採ることになって頑張って受けたら通りました」。そして、1979年にラジオ関西にアナウンサーとして入社した。

アニメ番組担当。アニソンをフルコーラスで

 入社後は高校野球を観に行ってスコアブックやアナウンスの仕方を学ぶなど、スポーツアナとしての教育を受けていた。高校野球の抽選会の取材に行った時には、中学時代の教え子だった当時PL学園の吉村禎章(元読売ジャイアンツ)とバッタリ会い「先生なにしてるん?」と言われながらインタビューしたこともあるという。しかし、当のナイター中継の話しは立ち消えとなったという。

 そんな時、同局の深夜枠が1時間空き、そこで自身が好きなアニソンがかけられる番組をやるチャンスが巡ってきた。「タイミングなんでしょうね。番組としてはフルコーラスでアニソンをかけるというのは異端でした。しかもなんの工夫もないとディレクターにも言われましたわ(苦笑)」。それが、1986年スタートの「アニメ玉手箱」だった。

 通常、曲をかける際はフェードアウトが普通だったが、アニメファンが求めていることを考えると「フルコーラスじゃないと」という思いがあった。自身も鉄腕アトムやウルトラマンで育ったテレビっ子。それらの曲をかけるのもうれしかったという。このスタイルは評判を生み、次第にリスナーも増加。その3年後の1989年に現在も続く「青春ラジメニア」がスタートした。