大阪の難読地名を訪ねる小旅行。生駒山地のすそのに広がる八尾編だ。古代から奈良と大阪を結ぶ交通の要衝だっただけに、古くからの難読地名が少なくない。西弓削、神立、恩智に、刑部。はたしてどれだけ読めまっか。

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洗練されたデザイン看板の「西弓削公園」

飛行機の翼のようなデザインの西弓削公園案内板。向こう側は八尾飛行場

 八尾空港に隣接する西弓削公園。こじんまりした公園ながら、案内板のスタイリッシュなデザインは、飛行機の翼を意識したものだろうか。西弓削と書いて、「にしゆうげ」と読む。八尾市南部は、弓削道鏡で知られる弓削一族の拠点だった。

 道鏡は奈良時代の僧侶で、女帝の信頼を獲得し、法王として政治的発言力を強めていく。東弓削遺跡で行われていた発掘調査でこのほど、大量の瓦が出土した。有力寺院の興福寺や東大寺の瓦と共通点があるため、道鏡ゆかりの由義寺で使用されていた瓦と推定される。筆者も現地説明会へ出掛け、多くの瓦が田んぼの土の中にびっしり埋め込まれている情景に驚いた。

 地中からよみがえった瓦は、もうひとつ新たな可能性へ導く。由義寺ともに文献に登場する西京(にしのきょう)の手掛かり発見につながるかもしれないという。東の平城京に対し、西京は西に位置するが、存在が確認されていないまぼろしの都。弓削は、大阪の歴史を深掘りするうえで記憶にとどめておきたい地名のひとつだ。

生駒山地のすそのに広がる「山畑」「千塚」「神立」

[写真]地車倉庫にたくましく記された「山畑」の地名

 近鉄信貴線。河内山本駅と信貴山口駅を結ぶ単線の鉄道だ。服部川駅で下車すると、生駒の山々が迫ってくる。山すそに古墳が点在し、味わい深い地名に連続して出合う。山畑は「やまたけ」、千塚は「ちづか」、神立は「こうだち」と読む。

[写真]「神立」の住所表示。近くの高台からあべのハルカスが見えた

 神立の高台で西を向くと、眼下に大阪平野が広がる。春の到来にはまだ早いが、あべのハルカスをはじめ、大阪都心部の超高層ビルがツクシンボのように林立してみえた。ご当地を含む八尾の歴史文化に関心があれば、千塚にある市立歴史民俗資料館に立ち寄りたい。

「恩智」に秘められた南北朝の歴史ロマン

[写真]近鉄恩智駅の駅名標

 服部川駅から河内山本駅を経由して、近鉄大阪線恩智駅へ。何気なく見逃してしまいそうだが、ご当地では、地名や駅名は「恩智」は一般的な「おんち」ではなく、「おんぢ」と読まれている。

 南北朝の時代、恩智左近という豪族がいた。恩智城を築き、楠木正成を助けて南朝方で戦ったという。戦国期の大坂の陣とともに、南北朝の覇権争いでも、大阪は戦いの舞台となった。権力者間の対立や矛盾が政治的交渉で解消できなくなった場合、東西をつなぐ重要拠点である大阪を押さえた者に、戦いの活路が開ける。地名は埋もれかけた歴史をも、今に受け継ぐ。

 恩智駅の周辺を歩く。北東の垣内は「かきうち」ではなく「かいち」。南の曙川東は「あけがわひがし」と読む。同じ八尾市内の「曙町」は「あけぼのちょう」だからややこしい。西の刑部は「おさかべ」。古代朝廷政治の職掌分担で、警護を務める専門集団を示した。

 駅名や地名の由来を少しでもひもとくことができれば、町への愛着も深まりそうだ。
(文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)

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