4日に行われた「大阪新年互礼会」のニュース動画記事を配信後、大阪締めの映像をみたTHEPAGE大阪のYデスクから「『大阪締め』っていつごろから、何で始まったか知ってまっか?」と連絡があった。大阪締めとは「打ちま~しょ」「ポンポン」から始まるまことにめでたい慶祝の作法だ。大阪での取材歴が長い筆者も、来歴に関する確たる情報は持ち合わせていない。下調べをしたところ、どうやら起源は、大阪市内のとある神社にあるとわかり、さっそく訪ねてみた。

【拡大写真と動画】大阪の夏・ギャルみこしのフィナーレも「大阪締め」(少し下へスクロール)

生國魂神社の権禰宜が大阪締めの来歴を解説!

[写真]生國魂神社本殿。生國魂造と呼ばれる重厚で立体的な建築様式だ=大阪市天王寺区

 さっそく訪ねたのは、生玉さんの愛称で知られる生國魂(いくたま)神社(大阪市天王寺区)。大阪最古の神社とされ、新年の三が日が過ぎても、参拝客が絶えない。

 同神社権禰宜(ごんねぎ)の中村文隆さんが、歴代神職らから受け継いだ見識などを総合して、大阪締めの来歴を解説してくれた。

 「大阪締めという言葉自体の歴史は比較的浅い。言葉が生まれたのは昭和の戦前かと思われるが、江戸期には上方に手締めの作法が成立していた。セリフに『打ちまーしょ』とあるように、当初は手打ちと呼ばれていた。当時の武家文化では手打ちは縁起が悪いとして、手打ちから手締めへ言い換えられたと推定される。当神社には一般的な大阪締めよりも長い生國魂締めが伝わっており、生國魂締めが正調大阪締めと考えている」(中村さん)

正調生國魂締めは5つ節のロングバージョン

 一般的な大阪締めは、セリフと手拍子で構成された3つの節で成り立つ。

 「打ちまーしょ」「ポンポン」、「もひとつせぇ」「ポンポン」、「祝(いお)うて三度」「ポポンボン」だ。生國魂締めでは、3節目が「祝うて三度」「ポンポンポン」となり、さらに「めでたいなぁ」「ポンポン」、「本決まりぃ」「ポンポン」と続く。5節でワンセットだ。元々ゆったりしたリズムの大阪締めに、華やかさや楽しさが加味され、祝祭感が増す。

 5節と3節の違いは、どこから生じたのか。中村さんは同神社の生國魂祭と大阪天満宮の天神祭を比較し、「陸渡御と船渡御の違い」と説く。

 「当神社の祭礼では陸渡御巡行を挙行し、辻々でご祝儀をいただくと生國魂締めで謝意を表す。氏地内を練り歩く陸渡御だから時間に追われない。天神祭の中心は船渡御で、大川の流れはけっこう速い。船がすれ違う際、長々と手締めを行う時間的余裕がない。短い時間で対応できるよう、手締めの節を5つから3つに短縮したとの説が有力だ。さらに3節目の拍手を『ポンポンポン』から『ポポンポン』にアレンジすることで、手締めとしての完結感を演出したのではないか」(中村さん)

 天神祭の知名度が高いことから、天神祭の短縮形手締めが、広く大阪に浸透していったと考えられるという。

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