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 大阪を代表する観光名所で文化施設の大阪城天守閣が18日、入場者1億人を達成し、記念式典が開かれた。昭和初期、大阪市民の浄財によって復興された天守閣が、新たな快挙を成し遂げた。

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1億人目の入館者「城好きの妻に天守閣を見せたくて」

[写真]1億人目の入館者に決まり、花束を贈られて驚く三宅拓也さん

 記念すべき1億人目の入館者になったのは、大阪城公園に程近い大阪市城東区在住の三宅拓也さん(29)。妻の恵利華さんと訪れ、幸運をつかんだ。

 天守閣に入館するため並んでいた三宅さんが改札を通過した瞬間、カウントしていたスタッフによって1億人目に決定。ちんどん屋のにぎやかな口上とともに花束を受け取った。

 天守閣前広場に移動して記念セレモニーが行われ、北川央館長から三宅さんに認定証と記念品が贈呈された。三宅さんは「近所に住んでいますので、天守閣の周囲はよく散歩しています。妻が城好きなので、きょうは天守閣を見せてやろうと思い付いて来てよかった」と、思い付きを強調しながらも喜びを語った。内外の観光客らもスマホ片手に祝福の輪に加わり、祝賀ムードに包まれた。

 恵利華さんは島根県出身。島根には松江城があり、天守閣は国宝だ。「静かな雰囲気の松江城に対し、大阪城はとても華やかですね」と、城跡や天守閣を比較しながら城巡りを楽しんでいる風情だった。

大阪市民の寄付金で復興された3代目天守閣

[写真]にぎわう大阪城天守閣

大坂城は戦国末期、天下統一を急ぐ豊臣秀吉が築城。秀吉の死去、関ヶ原の戦いを経て、大坂城は大坂の陣の舞台となった。炎上して落城する大坂城とともに、秀吉の後継者秀頼が自害し、豊臣家は滅亡。天下統一を終えた徳川幕府が幕府の威信を知らしめるため、豊臣大坂城を上回る規模の巨城を築く。

 しかし、2代目天守閣は1665年、落雷による炎上で焼失。以来、260年以上も城内には天守閣が存在しなかったが、1931年、3代目天守閣が完成した。大阪市民の寄付による浄財で復興建設費が調達されたため、大阪人の市民意識の高さを示す逸話として今も語り継がれている。

 近年は大坂の陣400周年、NHK大河ドラマ「真田丸」、幕末・維新150年に関連するイベントなどを連続展開。外国人観光客の増加も相乗効果をもたらし、入館者数は好調をキープしている。北川館長は「かつての大坂城が歴史の節目ごとに舞台となり、重要な役割を演じてきたことを、これからも天守閣の展示やイベントなどで伝えていきたい」と、改めて意欲を示した。詳しくは大阪城天守閣の公式サイトで。
(文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)