[写真]主宰する劇団パロディフライの稽古で演技指導を行う妹尾和夫=2017年11月、大阪市福島区で(撮影:柳曽文隆)

 大学1年生の終わりごろ、演劇部で運搬係と劇場で先輩の座席取りを担当しながら大学生活をなんとなく楽しんでいた妹尾和夫。しかし、座席を取りにいっただけのはずだった劇団現代人劇場の「想い出の日本一萬年」で、蜷川幸雄演出・蟹江敬三、石橋蓮司ら俳優陣をみて「演劇ってなんてすごいんだ」と感動を覚え、その日以来、演劇に対する情熱がわき出した。

<俳優生活40年>妹尾和夫 映画館の舞台で魅せられた蜷川幸雄の演出

演劇を研究し、仲間を集めまくった日々

 「俺もすごい芝居を作るんだ」という目標を持った情熱たっぷりの妹尾が、まず最初に取り組んだのは、演劇部員の勧誘だった。自身が日本大学・文理学部に入学した際は、自身が通う学部のある校舎に演劇部の部室がなく、電車で移動するほどの距離にあった。

 入学時には、学生運動の影響で学生証を見せて学内に入ったほどだったが、もう2年時には運動も下火に。妹尾は部員を勧誘しまくって仲間を増やそうと考えたからだ。

 勧誘の際は「演劇楽しいよー」「彼氏・彼女と出会えるよー」と言葉巧みに後輩に声をかけ続けた。そして、近所の居酒屋で歓迎コンパを企画すると、参加人数は60人をゆうに超えていた。当時の大学全体の演劇部員は全員合わせて40人。妹尾と同じ学部の部員は3人だったにもかかわらず、その人数を超えてしまっていた。

学生運動のデモに「付き合い」で参加しラッキーなことが

 また、思いがけないチャンスも巡ってきた。学生運動が盛んだったころは、学内でサークル活動をやる時はデモに参加しないと学内活動ができない時代だった。

 妹尾も心の中では「付き合い」の感覚でデモに参加し、周囲との調和を保っていた。すると「演劇部はがんばっているから」と、妹尾の学部がある校舎に念願の「部室」が与えられたのだ。

 これまでの行動が身を結び、部室まで勝ち取った妹尾はうれしかった。十分な広さを持つプレハブ小屋の部室は「アトリエ」と呼んだ。部員は寝泊りができ、演劇にも熱中できる環境。もちろん、妹尾は演劇に対する熱意は日を追うごとに増し、先輩と話す際に自分の知らない演劇の話が出たら大型書店の演劇コーナーへ入っては本を購入してじっくり研究した。東京都内の劇場にも月12~13本は足を運び、そこで様々な演劇を目にしては、細かく研究を続けた。

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