[写真]芝居に全力を注ぐ妹尾和夫=2017年12月、大阪市北区で(撮影:柳曽文隆)

 1983年、妹尾和夫は大学時代の後輩、神谷光明と事務所の後輩女性、ペコの3人で新たな「コント・パロディフライ」を結成。当時、人気を博していた日本テレビのバラエティ番組「お笑いスター誕生!!」の本選出場を果たし、1週目をなんとかクリアした。

俳優生活40年・妹尾和夫「升毅、國村隼と芝居を語り合った日々」

浮いているペコが救いに

 1週目には、審査員の京唄子、鳳啓助から「きみたち2人は芝居がうますぎる。でも芝居やってんじゃないんだから」とダメ出しを受けた。しかし「彼女が救いになってるね。1人だけどこから来たのだろうというぐらい浮いてるからおもしろい」と評価された。この彼女というのが、メンバー唯一の女性、ペコだった。

 ペコは妹尾が所属していた事務所、MC企画から急きょ探し出したタレント。セリフを読ませれば棒読み、演技はできない。テニスのコントを披露した時は、ラケットカバーを思い切り投げ捨て、舞台後方にいた司会の山田康雄、中尾ミエに当たりそうになるハプニングを起こした。しかし、観客席は明らかにペコの動きひとつで沸いていた。

 妹尾はそれがうれしかった。たしかに「コント・パロディフライ」として舞台には立っている。しかし、妹尾たちは「お笑い芸人になりたい」という思いで立っているわけではなかった。

顔が売れたらギャラがあがる

 妹尾は1983年のお笑いスター誕生!!出演時を振り返り「顔が売れたらギャラがあがる。だからみんな役者を目指していても、一度お笑いでコンビを組んで顔を売ろうというのが、全国ネットで放送されていた番組出場の動機でしたね。そういう人も多かったので」と懐かしそうに語る。

 ネタ合わせをする楽屋では「シティボーイズ(大竹まこと、きたろう、斉木しげる)」やコロッケ、イッセー尾形らの姿もあった。この面々を見ても、妹尾の言う「動機」が裏付けられているのかもしれない。

「御堂筋の春」で共演した古尾谷雅人との意外な再会

 さて、先述の「楽屋」だが、実際は日本テレビ社屋の廊下が出演者の稽古場になっていた。ある週に、うれしい再会の瞬間が訪れた。廊下の先のエレベーターが開いた時、身長の高い男性と目が合った。その男性が近づいて来て「久しぶりー、元気だった?」とフレンドリーに声をかけてきた。なんと、俳優の古尾谷雅人だった。

 古尾谷とは1980年に放送されたNHKの銀河テレビ小説「御堂筋の春」というドラマで共演。野球をテーマにしたドラマだったこともあり、撮影終了後に古尾谷と同じく共演していた俳優、國村隼と3人で大阪市内のバッティングセンターで一緒に汗を流したりして、よく行動を共にした仲でもあった。妹尾にとって、同ドラマは初めて役名をもらった作品だったから思い入れも深い。

 そんな古尾谷がなぜ日本テレビにいるのだろう。すると、「俺、いまドラマ撮っててさぁ。ちょっと楽屋おいでよ」と言われた。そこは個室の楽屋だった。聞けば、その時、古尾谷は同局で放送されていたドラマ「若草学園物語」に主演していたのだ。

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