サンドロ・ボッティチェリ《「聖母子(書物の聖母)》 ミラノ、ポルディ・ペッツォーリ美術館 (C)Milano, Museo Poldi Pezzoli, Foto Malcangi

 現在、東京都美術館(台東区上野公園8)で開催されている「ボッティチェリ展」。ルネサンスを代表する画家・ボッティチェリが、師フィリッピーノ・リッピのもとで修業を積み、才能を開花させました。当時、主流であった画家たちとは異なる画法、テーマを選択し、独自性を見出していったボッティチェリは、数々の名作を生み出していきます。

 同美術館のイタリア・ルネサンス美術専門の学芸員、小林明子さんが、円熟期を迎えたボッティチェリの絵画の魅力と見どころを解説します。

ボッティチェリの才能と生涯 師弟と輝いたルネサンス

珠玉の聖母子像――《書物の聖母》

 ローマからフィレンツェに戻ったボッティチェリは、1480年代に画家としてもっとも充実した時期を迎えます。《聖母子(書物の聖母)》(ポルディ・ペッツォーリ美術館)は、ボッティチェリが描いた数々の聖母子像のなかでも、もっとも美しい板絵として知られています。母子らしく親密に触れ合うマリアとイエスは、師のフィリッポ・リッピが作り上げた聖母子像から学んだ表現です。聖母の表情がどこか憂いを帯びているのは、わが子が後に被る受難を案じてのことでしょう。その運命は、イエスが左手にもつ三本の釘や茨の冠によってほのめかされています。
 
 15世紀後半のフィレンツェでは、レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロの絵画のように、立体感を明暗で表わし、描かれた人物を自然に浮かび上がるようにみせる表現が主流でした。一方でボッティチェリは、人物の手足や顔の輪郭を流れるような線でかたどり、細部を線描で丹念に描き出す古風な描法を用いました。はっきりと描かれた図像が、金の円光や衣服の刺繍に彩られ、中世絵画を思わせる装飾性が生み出されています。

 この聖母子像の神々しさを際立たせているのは、聖母がまとうマントの目の覚めるような青色の効果もあるでしょう。ここでは顔料としてラピスラズリという鉱物が用いられています。高価な素材が多用されていることから、裕福な人物による注文であったことがうかがえます。聖母の清らかな容貌と画家の繊細な技法、そして高貴な素材とあいまって、宝石のような輝きを放つ祈念画です。