幕末の京の都で反幕府勢力を取り締まり、戊辰戦争では幕府軍として転戦した末に時代の中へ消えていった新選組。歴史ファンのみならず、ドラマ、アニメ、ゲーム、小説など創作の題材としても人気を集める新選組のルーツを訪ねる。新選組の中心人物らを育んだ東京・日野市にあるこの宿は、彼らの落日の時をも見つめてきた。

近藤勇や沖田総司、土方歳三らが武術を稽古

日野宿本陣の門

 JR中央線・日野駅の改札を出て、目の前にある甲州街道を右(新宿側)へ約12分ほど歩けば日野宿本陣がある。その名の通り、この地は江戸時代における五街道の一つ、甲州街道の宿場町だった。

 門をくぐり、客が出入りに使用したという「式台」を右手に見ながら建物の左側に回り込んで入室すると、今は展示室となっている土間と、その向こうに広間が見えた。当時、この土間と広間およびその左側の部屋は、宿の主である佐藤家が住居として使用し、式台より向こう側の居室が宿として使われていた。

 現存する建物は、当時の当主・佐藤彦五郎俊正が文久3年(1863)4月に上棟し、翌年の元治元年(1864)12月から住み始めたもの。佐藤彦五郎の妻・ノブは、新選組副長・土方歳三の姉であり、佐藤彦五郎と土方歳三は義理の兄弟の関係にあった。なお、この日野宿本陣は、都内に現存する唯一の本陣建築であることから、平成22年(2010)に東京都指定史跡として指定されている。

 嘉永3年(1850)、佐藤彦五郎は天然理心流の近藤周助に師事。その後、宿の敷地内に武術の道場を開く。ここに集ったのは、のちの新選組局長・近藤勇、同一番隊組長・沖田総司、地元出身の同六番隊組長・井上源三郎や土方歳三たちだった。

 その後、彼らは文久3年(1863)1月、幕府の浪士組募集に応じ、江戸を経て京へ向かう。本陣の完成を待たずに若き日の彼らはこの地から旅立っていったが、大工が扱うつちの音を耳にしたり、柱や梁が組み上がっていく様を見ていたのかもしれない。