荒川区南千住駅前の松尾芭蕉像。芭蕉は「行く春や 鳥啼き 魚の目は泪」と詠み、旅立った

 昨年、東京・台東区にある国立西洋美術館を含むル・コルビュジエの建築作品群が世界遺産に登録されました。近年、毎年のように日本国内から世界遺産が生まれています。他方、日本の文化や伝統に基づく無形文化遺産の登録を推進する動きも活発化しています。

 今年1月、国際俳句交流協会や現代俳句協会などの4団体と松尾芭蕉の出生地である三重県伊賀市の岡本栄市長が記者会見を開き、俳句を無形文化遺産に登録することを目的とした推進協議会の立ち上げを発表しました。同協議会には伊賀市のほか俳聖・松尾芭蕉の代表作『奥の細道』のゴール地点となった岐阜県大垣市や俳人・正岡子規の出身地である愛媛県松山市などが参加を表明しています。

 推進協議会には俳句とつながりの深い自治体が並んでいますが、その中には東京都荒川区も名を連ねています。一見すると、荒川区は俳句と無縁のようにも思えます。なぜ、荒川区は協議会に参加するのでしょうか?

 そして、荒川区と俳句には、どんな関係があるのでしょうか

荒川区…芭蕉が「奥の細道」最初の句を詠んだ矢立初めの地

 荒川区が“俳句のまち宣言”したのは、2015(平成27)年のことでした。2007(同19)年度から、荒川区は毎年“子ども俳句相撲大会”を開催しています。俳句相撲とは、土俵上で俳句を読み上げ、作品の優劣で横綱の座を競う大会です。

 学校教育などにも俳句を取り入れている荒川区ですが、どういった理由から俳句文化の振興に力を入れているのでしょうか? 荒川区地域文化スポーツ部文化交流推進課の担当者はこう話します。

「荒川区南千住は、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅に出るときに最初の句を詠んだ矢立初めの地です。そうしたゆえんから、荒川区は関係自治体と連携して“奥の細道サミット”を催したり、芭蕉に扮して千住大橋を渡る“芭蕉の大橋渡り”といったイベントを開催してきました。さらに、2016年(同28)年には南千住駅前に松尾芭蕉の銅像を建立しました。また、区内には俳人・小林一茶や正岡子規などのゆかりの地もあります。そうした背景から、荒川区は俳句文化をもっと発展させるべく“俳句のまち宣言”をしたのです」。

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