1914(大正3)年に開業した東京駅は、瀟洒な赤レンガが目を引くデザインで、それが東京のシンボルにもなっています。赤レンガ駅舎は関東大震災にも耐えましたが、戦災でドーム型屋根を焼失。戦後、八角屋根として暫定的に復元されましたが、ドーム型屋根を望む声は根強く、2012(平成24)年に復元されました。

 東京駅は乗車人員だけでも一日70万人を超える、世界でも屈指の駅となっています。東京駅はJR東日本・東海・東京メトロといった鉄道の乗客だけが利用しているわけではありません。丸の内口・八重洲口にはバス乗り場が整備されており、ここからは路線バスや高速バス、はとバス、タクシーなどが頻繁に発着します。

 また、東京都は丸の内駅前広場の整備と合わせて、駅前から皇居までつづく行幸通りの整備も進めていました。このほど、長らくつづいた東京駅丸の内駅前の工事が完了し、駅前広場の全面的な供用が開始となります。

目玉は6500平方メートルにおよぶ巨大な中央広場

街の活性化という効果もある東京駅の赤レンガ駅舎や丸の内界隈のライトアップだが、照明についても街の格調を損なわないよう地域で話し合われている

 12月7日、かねてから工事が進められていた東京駅丸の内駅前広場が全面的に完成します。

 東京駅の丸の内と言えば、目を引く赤レンガ駅舎が2012年に復元されています。駅舎の復元とともに駅前の整備も進められていました。整備開始前、東京駅の丸の内側は駅前がロータリーと都道が複雑に入り組む構造になっていました。東京駅の丸の内側は、南北に補助97号線と補助98号線とが走り、丸ビルの足元には大名小路と呼ばれる補助94号線がありました。

 動線が複雑に絡み合うエリアは、歩行者やバス・タクシーの利用者にとって不便です。さらに、交通渋滞や事故のリスクも高まります。歩行者にとっても自動車にとっても、決して使い勝手がいいとは言えなかったのです。

 そうした構造的な問題を解消するため、都とJR東日本は東京駅丸の内側の整備に乗り出しました。その整備計画の際に持ち上がったのが、新たに駅前広場を設けることでした。都建設局道路建設部街路課の担当者は、こう話します。

「今回の東京駅丸の内駅前広場の整備で、目玉となるのは中央広場と呼ばれる約6500平方メートルにもおよぶ巨大なオープンスペースです。東京駅の丸の内口からまっすぐ伸びる行幸通りは、皇居にもつながる幅員の広い道路です。混然としていた駅前広場を整備することで、東京駅―行幸通り―皇居までの景観が向上します。東京駅は首都の玄関口ですから、景観が向上することによって、東京という都市のイメージアップ効果が期待できます」

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